第1章

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「い、いえ、そう言っていただきたいわけでは……」  これでもお金は割とあるし、男性に奢ってもらうなど後が怖くて避けてきたことだ。  副社長がそういう人ではないことは、薄々感じ取っているけれど。 「それに、今日のはお仕事ですし、気にしていただかなくてもいいです」  ゆるゆると首を横に振る。正直、食いつきたい。目の前に餌を垂らされた魚の気分だ。  こんな素敵な好みド真ん中の男性とのお食事なんて……一生に一度、縁があるか、ないかだろう。  そう思いつつも、今までのいやな思い出がある以上、男性と二人でのお食事というのは本当のところ避けたい気持ちのほうが強い。 「では、これにて……」  ペコリと頭を下げて、もう一度立ち去ろうとしたとき。また後ろから「香坂さん」と名前を呼ばれる。  ……一々心臓に悪い。  心の中だけでそう呟いて、また彼を見つめる。 「……あんまり言いたくないんですけれど、俺、ちょっと不安で」 「不安、ですか?」 「はい。明日から上手く出来るかとか、自信がなくて……」  その不安そうな表情は、私の母性本能をくすぐった。……放っておけないと、頭の中が訴える。
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