第1章

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「別に特別なことは……って、ごめん。この後待ち合わせがあるから」 「……そうなんですか? 飲みに誘うつもりだったのに」 「ごめんね。あなたとだったら行くから、また誘って」  遠回しに『男性社員はお断り』という意思を表示して、私は早足で更衣室を出て行った。  着替えとかメイク直しとか。そういうので割と時間を使ってしまっていて、約束の二十分前になっている。  別にそこまで急ぐ必要はないと思うのだけれど、相手は上司。それから、この退勤時間のエレベーターはとにかく混むのだ。 (副社長を待たせるなんて、絶対に無理)  こう見えて、私は小心者である。上司には逆らうことはない。……もちろん、セクハラとかパワハラ上司は別だけど。  エレベーターホールに来て、いくつかのエレベーターを見送る。ようやく乗れたエレベーターは、相変わらずというかぎゅうぎゅう詰めだった。 (側にいるのが女性社員って言うのが、不幸中の幸いだ……)  押しつぶされつつも一階についてエレベーターを降りる。  一息ついて、玄関に視線を向ける。……そこには、スマホを弄っている――副社長。 (え、遅かった……?)  慌てて時計を見る。けど、時間は約束の十分ほど前だ。……彼が単に早く来たということだろうか?  ちょっと慌てつつ、私は彼のほうに近づく。副社長は私に気が付いてスマホをポケットに入れられる。
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