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「……でね!茜が教室のど真ん中で好きだもん、なんて言ったの!ズルいよね!周りに人がいるとこであんなこと言うなんて」 「ふうん、高校生も大変だな」  興味のなさそうな兄に、家に帰ってから鬱憤をぶちまけるように話を聞いてもらう。  山盛りのカレーを胃に流し込むように食べる兄は、複雑な妹の心情をスプーンで指しながら「で?」と目線だけを上げる。 「周りに人がいるってだけで、何がズルいんだ?」 「だって、達樹くんが断りづらいじゃない、そんなの」 「達樹くんがOK出したら、別に問題ないじゃん」 「OKじゃなかったとき、どうするのよ」 「タツキくんは「どうも」って返したんだろ?それでいいじゃん」  空っぽになったカレー皿に、今度は茹でたトウモロコシが転がる。  それに勢いよく噛みついた兄が、歯の隙間に黄色い繊維が挟まるのも気にしてないのを見て、ため息が出た。断るって選択肢を奪った時点でズルいって、言ってるんじゃない。 「きっと、嫌なら嫌ってちゃんと言うだろ」 「……お兄ちゃんみたいにデリカシーのないモテない男なら、そうするだろうね」  反撃が飛んでくる前に、私は部屋へと戻る。  達樹くんももしかすると、茜の真意に気づいていたかもしれない。曖昧に濁したのは、それが最善だってわかっていたからかもしれない。彼女が本気だって、気づいてしまったら最後。彼は返事を聞かせなきゃいけなくなるから。  茜に期待された通りに答えなきゃ、周りが彼を酷い奴だと茶化しにくるだろう。そうでなくても、期待に添えなかった罪悪感を与えることになる。兄にはわからないだろうけど、そういう空気が確かにあの教室にはあったのだ。たぶん、私の勘違いなんかじゃない。だって茜は、いい子だから。茜はそこまでわかって、あんな言い方をしたのだろうか。残酷な無邪気さを知って、ズルいと思いつつも、とてもじゃないけど真似できなくて私は兄に聞いてもらってもなお、ずっとそのモヤモヤを打ち払えないでいた。 「もしかして、断られるなんて、思ってなかったとか?……茜ならありえるかも」  ベッドで横になりながら、SNSを開く。達樹くんが、部活最終日の写真を投稿していた。お疲れ様、と心で呟いてみる。その投稿の1番目に、茜がメッセージしているのを見て、思わず「うわ、」と声が出た。“私との約束はー?w”だって。茜って、こんな子だったっけ?  画面を下げて更新すれば、俺も俺も、遊ぼうぜ、と続々とコメントが続く。茜のコメントだって、たまたま最初についていただけで、なんてことないメッセージのはずなのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。 「茜だって、達樹くんが好きだからアプローチしてるだけ、だよね……あれ。ひょっとして私が嫌なやつ、なだけ、かな」  寝返りを打って、もう一度だけの更新を繰り返す。  達樹くんが茜に返事をしませんようにと、どうにか安心したくてさらに2、3回。お風呂に行く直前に、茜が追記した“DMするね!”の文字に、私はついに叩きのめされてしまった。 「ちょっと葵?お風呂空いたわよー?」 「今から入るー!ちょっと待って!」  悔しさが募って堪らず「私も皆で遊びたいな」って、コメントを打ち込んでみる。送信ボタンを勢いで押し、そのまま枕にスマホを放り投げる。どうせ皆のコメントに紛れて見えなくなるはず、なんて言い訳をしながら、心臓はばくばくして堪らなかった。  お風呂に入ったら入ったで、ひょっとして誤字とかしなかっただろうか、なんて落ち着かなくてゆっくり温まる気にもなれなかった。髪を乾かすのもそこそこに、さっさと部屋に戻ってまたスマホを開く。 「え、あ、あれ……?ウソ……」  誤字を確認して、万が一があったら削除しとこう、なんて弱気なことを考えていたさっきのメッセージに、ハートがついていた。それも、達樹くんから。あれ、何かの間違い?なんておろおろしているうちに、DMにも通知が来ていることに気づく。 “葵さん、ちょっと相談したいことがあるんだけど。聞いてもらってもいいかな”  ひゅ、っと息ができなくなる心地がして、思考がバチンと音を立てて止まってしまう。え、なんで私?相談、って?何度も文字をなぞっては、それが達樹くんのアカウントから来ていることも確認する。  混乱しているうちに、そのメッセージが23分前と表記されているのに気づいて、さあっと血の気が引いてしまう。慌てて、“大丈夫です!”とだけメッセージを返した。   勿論、すぐに返事がなくても仕方ないことはわかっている。わかっていても、そわそわしてしまうのだ。もしかしたら返事は明日かもしれないのに、スマホを手放せなくてベッドの上でもだつく。大丈夫、なんてそっけない返事だったかな、けれど、追加でメッセージ送るのも鬱陶しいかな、なんて、落ち着かない心が騒がしい。 「相談ってなんだろ……そもそも、なんで私?送り先間違えたとかだったりしないかな」  不安からそんなことまで考えて、見当違いな返事をしてしまったのではないかと、途端に自信がなくなってしまった。悪い方にばかり思考が傾いて、送ったメッセージに私から、間違いですかと聞くべきか、なんてところまで妄想が飛躍したところで、手の中でスマホが震える。 “よかった。葵さん、茜さんと仲いいよね?よかったら話聞いてほしいんだけど……”  あ、と開いた口から声が漏れた。そっか……、そうだよね。私に相談したいことなんて、そういうことだよね。  快く返事をしてからはた、と手が止まる。茜絡みの、どんな話を聞かされるのだろう。恋の相談、だったら、辛いなぁなんて。けれど今更、引くに引けなくて、不安に心を騒がしくさせながら返事を待つ。 “ありがとう!友だちの悪口とかじゃないから、安心して”  そんな警戒心を見抜いてか、達樹くんはそんなメッセージをくれた。そんな気遣いだけで私は舞い上がってしまうし、悪口でもよかったんだよなんて、嫌なことを考えてしまう。むしろ、茜の好きなものなんかを聞かれたら、知らないって意地悪していたかもしれない。  達樹くんはそんな心の狭い私とは裏腹に、言ったとおり優しい相談しかしなかった。例えばコンビニで美味しいおやつだとか、おすすめの音楽だとか。茜が達樹くんの好きなものなんかを聞いてくるから、流行りのものが知りたかったんだって。 “葵さん、話しやすくてほんとありがたいよ。ありがと”  そんな言葉だけで、胸がきゅうっとなる。うっかり好き、なんて言いたくなって、でも折角彼の味方になれたのに、変なことを言ってその信頼を裏切りたくもない。私なんか、達樹くんの好きなものすら、結局聞けずじまいだった。自分の気持ちを隠して、茜の友だちとして相談に乗る私は、茜よりもっとズルい奴なのかもしれない。  相談に乗ってくれてありがとう、おやすみ、なんて言葉を何度もなぞって、あーっと可愛くない声が出た。どうしようもなく、浮かれてしまっている。開けた窓から入る、涼しい風が扇風機に運ばれて、ほんのりと顔を冷やす。  迂闊な私が、実は私もあなたが好きなんです、なんて言ってしまわないよう、この気持ちは内緒にしなきゃ。じゃないと茜にズルいなんて、私も言えなくなっちゃう。 「だって好きだもん、じゃないよ……私だって、好きだし」  どっちがズルいかなんて、考えてもキリがない。  茜みたいな告白なんて出来ない私に、達樹くんがくれたせっかくのチャンス。私は私なりに、達樹くんと仲良くなる方法を模索しよう。好きなんて言って、今はまだ困らせたりしたくない。でも、もしそんな風に手をこまねいてる内に、達樹くんが茜に揺らいでしまったらどうしよう。つまらない葛藤が頭の中で暴れ出す。  あんなに軽蔑していた茜の駆け引きが、今になって羨ましくもなってしまう。 「どうしよ、私、めちゃくちゃじゃん」  枕に顔を埋めて、我ながらあやふやな態度にガッカリする。さっきまで浮かれていた気持ちが、ウソみたいに萎んで泣きそうになってきた。手の中でスマホが震える。そっと画面を見ると、グループトークに桜からのメッセージを入っていた。 “花火大会の日、いつもの自販機の前、19時くらいで大丈夫そう?”  さっきおやすみって言ったくせに、その通知が達樹くんからじゃなかったことに、少なからず気持ちが下がったのは許してほしい。それから、いつものメンバーもぽこんと返事を返す音が聞こえた。茜のメッセージが、まだないことを横目に確認する。  ……もし、茜がこの待ち合わせに応じないで、達樹くんと行く!なんて言いだしたらどうしよう。なんて嫌な考えがこみ上げてきて、既読もつけないまま私はスマホを裏返す。明日朝イチで、「ゴメン寝てた」って送ろう。そう決めて、私は布団を足元にかけて目を閉じた。
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