見通しの良いドーナツ

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 今の永倉が見通しと言えば勤めているパン屋、そして遺族のことだろう。永倉が何を思って警察を辞め、パン屋に転職したかはわからない。犯人が捕まったところで、永倉がパン屋を辞めるとは思えない。  山中が帰ってきたところで、彼は再検査要で早急に病院に来るよう言われている身だ。元気で家族とともに過ごすことは難しいかもしれない。そうなると残されるのはやはり高齢の祖父と若い孫娘だ。  順番から行けば先に亡くなるであろう祖父が案じるのは、店より孫娘のことだろう。竹田が永倉に何を期待しているかはわからないし、灯里が永倉をどう思っているかもわからない。  ただ誰かが誰かを大切に思い、大切に思われた相手もまた相手を大切に思っていることだけは確実だ。 「よくなるだろ」  ドーナツを持ち上げ、目の高さまで上げる。ドーナツの穴からのぞき込むようにして永倉を見れば、アラフォーの男が何をしているのだろうかという怪訝なまなざしを一瞬向けられるも気にせずに口を開く。 「ドーナツに綺麗な穴が開いてる。おせちのれんこんと同じだろ。見通しがいいってな」  われながら無茶苦茶な理論だとは思うが、今はそれでいい。  優樹菜と真利亜に関わりがあったことが判明した。そこから先は御園たちがしっかり仕事をしてくれるはずだ。  その間永倉にできるのは普段通りにパンを焼きつつ、遺族の身辺に怪しい人物が寄ってこないか警戒するくらいだろう。一探偵である目黒にできるのも、客として店に出入りしながらあたりに目を配るくらいだ。  山中の捜索を請け負うという選択肢もあるが、山中はそう簡単に出て来てはくれないだろう。むしろこっちが積極的に探せば探すほど、遠くへ行ってしまいそうだ。何らかの病気を抱えていると思われる人間の体力を無駄に奪いたくはない。 「そうですね。一日も早く山中さんが帰ってきてくれることを信じて、待っていようと思います」  永倉が目黒と同じようにドーナツの穴から目をのぞかせる。  いい歳をした大人がそんなしょうもないことをできているうちは、未来は明るいはずだ。
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