魔法の食パン

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 その優樹菜は今、一年前に起きた読モ妻殺人事件の重要参考人だ。ただし捜査本部全体として重要参考人と認定しているのではなく、御園一人が重要参考人と見ているに過ぎない。捜査本部が縮小された今も、重要参考人は被害者の夫である山中のままだ。  今となっては事件当初に山中犯人説を否定した同僚の言葉を、ほかの捜査員同様に否定したことが悔やまれる。  一年前の自分に内心舌打ちしながら、インスタをチェックしようとスマホに手を伸ばす。 「うわ、御園さん」  スマホを手にした御園に、自分のスマホを見ながら椅子ごと寄ってくるのは有沢だ。  その「うわ」は御園に向けられたものか、スマホに向けられたものかわからず有沢を注視していると、有沢はスマホを見たまま口を開く。 「ゆきにゃん、インスタ更新してますよ」 「いつものことでしょ」  子どもの写真に料理の写真、こだわりのインテリアとママインスタグラマーは毎日多様な写真を上げる。  御園は優樹菜が毎日インスタを更新するネタが尽きないことに感心してしまう。職場と家の往復で毎日が終わり、食事は買って帰るか食べて帰るかの御園にはインスタにあげるような出来事はない。  店での食事や外出先の写真を上げれば、居場所や職場の特定につながりかねない。優樹菜は子どもの顔出しもしているが、SNSは誰が見ているかわからない。ゆきにゃんのフォロワーが皆ゆきにゃんが好きだという確証はないのだ。御園や目黒のように捜査の一環で見ている人間もいれば、中には悪意をもってゆきにゃんのインスタを見ている人もいるかもしれない。  ――悪意を持った人間からすれば、子どもの顔出しなんて絶好の機会よね。  そう冷めた目で見てしまうのは職業柄か、それともアラサー独身女のひがみか。 「いえ、MALIAさんとのツーショット上げてるんですけど」 「は……?」
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