はじまりの朝

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 家に帰ると、ダンボールが補充されており、卒業アルバムが母の料理本と一緒にしまわれていた。 「母さんが卒業アルバムは預かっておくってよ」 「……うん」  母は私の複雑な気持ちを尊重してくれたらしい。 「スッキリした顔してるな」  人間関係をリセットする為だけじゃなくて、Webデザインを学ぶために私は東京へ行く。 自分の中で完結していた妄想に価値があるかもしれない。その可能性を信じたくなった。 「そうかも」 「お前の妄想力、無駄にするなよ」  兄は漫画雑誌から目を逸らさずに言った。  引越し前夜、夢を見た。  母が運転する車で凸凹道を走っていた。窓を開けたら、草と土の匂いがした。赤信号で止まっていると、道産子に跨った金髪の兄がものすごいスピードで追いかけて来た。 「おにーちゃーん!!」  私は子供の頃みたいに大声で叫ぶと、まるでトップガンのトム・クルーズみたいにポーズを決めた。 「あきお兄も東京に来るのかな」 「ミーハーだもの。絶対に来るわよ」  母が言うんだからきっと間違いない。 「じゃあ、また家族で住めるね」  道産子が突然道草をむしゃむしゃと食べ出し、兄はお手上げだと言わんばかりに腰を下ろした。 「マイペースだなあ」 「あれはあれで、色々考えてるから放っておいて平気よ」 「あきお兄、またね!」  兄は眠そうな顔で手を振った。 「さあ、行くわよ」  ちょっとクセの強い母の鼻歌を聞きながら、凸凹道を再び進んでいく。  頭のどこかで、いい夢だなあと思った。  もうすぐ引越しの朝が来る。リセットなんかじゃ無くて、昨日、今日と地続きの日々が始まる。 おわり
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