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「美香ちゃんの事?」
「そうそう、美香ちゃん。趣味で盛り上がったんだろ?」
「私がデッサンした五人を見ても引かなかったってだけ」
みんなかっこいいねと言ってくれて、グッズ化したら良いんじゃないかと提案してくれたのも彼女だ。
「そういう子は大事なんじゃねえの」
どさりと私の腕に卒業アルバムを乗せた。
「捨てるにはまだ早いと思うぜ」
「……そうかな」
「引越しする事も言ってないんだろ?」
「うん」
「東京に遊びに来るかもしれないだろ? 連絡先だけでも伝えておけば」
「……うん」
「それから、ダンボールだけど一階に置いてあるやつ勝手に持っていけよ。一つくらい取ったって母さん気付かないだろ」
「お母さん、気が立ってて怖いんだけど」
「母さんこそ俺達以上に推しが多くて、ダンボールに詰めるのが大変なんだろ」
兄はニヤリと笑った。
「確かにね」
母は東京の野球チームの応援に命をかけており、特にマスコットキャラクターには並々ならぬ想いがあるらしい。大小様々なぬいぐるみや応援グッズ、推し選手のユニフォームが家中に飾られている。
「結局、似たもの家族なんだな」
「そうかもね」
「いや、父さんがハマってる趣味なんて聞いたことないな。いつも、母さんに合わせてる気がするな」
きっと東京へ引っ越したら父と野球場へも足繁く通うに違いないし、グッズを買う頻度も今以上に多くなりそうだ。だけど、父はそんな母を止めるどころかニコニコと笑って見ているだけなのだ。
「そっか。お父さんの推しはお母さんなんだ」
家族の中では一番の常識人である父が、バカになるのは母が絡んだ時だけだ。
「良い夫婦じゃん」
「私の部屋にまでマスコットのぬいぐるみを置こうとするのはやめて欲しいけどね」
マスコットは可愛いけど、アツヤのアクリルスタンドがマスコットの尻に敷かれているのを見た時には流石に腹が立った。
「でも、ちょっと羨ましいと思ってるだろ」
好きなだけ推し活出来る母と父、確かに羨ましい。
「俺も、俺を推してくれる彼女欲しいなー」
「あきお兄の何を推すのよ」
「美容師としての腕に決まってるだろ!」
「腕? ハサミより重いもの持たせてくれって、その立派な上腕二頭筋が泣いてるよ」
兄は他の趣味といえば筋トレくらいだ。
「美容師は体力勝負なんだよ。もう、良いからさっさとダンボール取ってこいよ」
「へーい」
一階へ降りると、母は汗だくでダンボールにぬいぐるみを詰め込んでいた。
「お母さん、本当に私と同じ事してるよ」
母が私に気づく前に慌ててダンボールを掴んで階段を駆け上がった。
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