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第12話『ジャイアントベアーという種はそこまで珍しい種では無いんですよ』
ジャイアントベアーという魔物を知っているだろうか。
ここヴェルクモント王国でも年間数十人の一般人が被害にあっており、冒険者でも多くの人が怪我や命を落としている様な非常に危険な魔物だ。
そしてその獰猛さや執念深さは、一度でも自分を傷つけた相手を決して許さず、どこまでも追いかけてくると言います。
これはとある集落の方の話ですが、ジャイアントベアーを撃退する為に、火の魔術で攻撃し、何とか逃げる事が出来たのですが、その夜、寝ている所を襲撃され……という酷い話もあります。
だからこそ、戦う以上は確実に仕留めなくてはいけなくて、出会った場合はどうにかして逃げた後、すぐに討伐しないといけない。
そんな魔物なのです。
なのですが、これは一体どういう事なのでしょうか。
「ミラ!! 大丈夫か!?」
「さっきの悲鳴は……って、ミラ?」
「あ、あぅあぅあぅあー。たっ、たしゅけ」
私は小型のジャイアントベアーに寄り付かれ、頭を擦られ、手を舐められている。
食べる前の味見という訳では無いと思うが……しいて言うなら、懐かれている?
ジャイアントベアーが? 人間に?
いやっ、前例が無いわけではない。
過去にも一応事例はあるのだ。
しかし、それは聖女と呼ばれる様な人達が成した偉業であり、普通の人でジャイアントベアーに懐かれたなんて話はない。
だからおかしいのだ!
「こいつ襲おうって訳じゃないらしいな」
「どうやらその様だな」
「冷静に分析してないでっ! たすけて! ください!」
「あぁ、分かった」
「オラ。お前、少し離れろ」
「ガウッ!?」
「あァ!!?」
「ぎゃう……うぅ……」
お、怯えてる。
ジャイアントベアーがオーロさんに脅されて、怯えてる。
何者なの? この人。
「あっ、逃げちゃいましたね」
そしてオーロさんに怯えたジャイアントベアーはそのまま逃げだしてしまい、私は訳も分からない経験から解放される事になった。
だが、当然これでこの話は終わらず、すぐさまより大きなジャイアントベアーを連れて帰ってきて、そのジャイアントベアーに私たちは襲われる事になるのだった。
しかし、しかしだ。
当然と言うべきか、オーロさんやシュンさんという暴力装置を前にジャイアントベアーがどうにかする事など出来ず、二匹は命を奪われる事こそ無かったが、叩きのめされ、地面に転がる事になったのである。
その時の小さなジャイアントベアーの悲痛な声があまりにも可哀想で、私は二人に許可を貰って、二匹のジャイアントベアーを光の魔術で癒す事にするのだった。
そして、始まりの地点に戻る。
「あぅあぅあぅあー。たしゅけてっ、ください!」
「なるほどな。もしかしたら最初のクマも、ただミラに懐いてただけかもしれんな」
「確かに」
「冷静に、考察、してないでっ! たす、たすけて!」
私は顔や体をベロベロと舐められながら必死に二人へ手を伸ばし、救出を願った。
それから少しして、私は何とか無事脱出する事が出来たのである。
「そもそもですね。ジャイアントベアーという種はそこまで珍しい種では無いんですよ」
「まぁ、そうだな」
「ヤマトでも見かけるくらいだ」
「え!? ヤマトにも居るんですか!? それは興味深いですね! 見た目は? 生態は? どの様に違うのですか!?」
「味が少し違うな」
「いや、食べた時の感想では無くてですね」
「あぁ、すまん。食料としてしか見たことが無いんだ」
シュンさんのそんな言葉に、ジャイアントベアーたちはビクビクと怯えている。
可哀想に。
私は慰める意味で両側に居る二匹のジャイアントベアーを撫でた。
そして。
「あぅあぅあぅあー。たしゅ、たしゅけ」
「なぁオーロ。たまに思うんだが、実はミラはそれほど頭が良くないのか?」
「いや勉強は出来るから、頭は良いのだろう。だが、勉強が出来るのと頭が良いのは違うという事だな」
「ふむ。学びがあるな」
「お話、してないっ、で! たすけ!」
私は何とか無事自分を取り返し、解説に戻った。
「そもそもですね。ジャイアントベアーという種はそこまで珍しい種では無いんですよ」
「あぁ。そうだな。ちなみにヤマトにも居るぞ」
「ワハハ。何の偶然かな。俺も知ってたぜ。その話」
「……」
「分かった。すまなかった。俺が悪かった」
「おいおい。機嫌を直せって、な。ミラ」
私は二人の茶々に頬を膨らませながら、抗議するが、二人はすぐに謝ってくれた。
という訳で気を取り直して、再び人差し指を立てながら話を進める。
「つまりですね。ジャイアントベアーの情報というのは、世界中から集まるという訳です。その中で最も特筆すべき点は、やはりジャイアントベアーは人間と友好関係を結ぶ事が出来ないという点です」
「ほぅ」
「つまり、今こうしている事は非常に珍しい……いや、世界で初めての光景という訳か?」
「いえ。そういう訳ではありません。有名な人で言いますと、光の聖女アメリア様、伝説の聖女セシル様などはジャイアントベアーが親しく接する事もあったという話ですし。決して例がない訳ではありません。ですが、その全ては『聖女様』という特別な存在だからという点があります」
「なら特別今回が珍しいわけでも無いのか」
「えぇ!!? いやいや、珍しい事ですよ。過去の人たちは皆、素晴らしい聖女様ばかりだったんですよ!? それなのに、私の様な普通の人間に懐いている。これは大変珍しい事です」
「いや、お前も聖女だろう。ミラ」
「え? いや、それは確かにそういう話もありましたが、反対している人も居ますし」
「そんなのは人の事情だろうが。クマには関係ねぇ。つまり、お前も特別な聖女と一緒って事だ。ミラ」
「……そう、なんでしょうか」
「俺にはそう見えるがな」
「あぁ。そうだな」
私はオーロさんとシュンさんの話に、なるほどと頷きながら、少し考える。
ジャイアントベアーに限らず、多くの魔物が聖女には敵意を見せず、共にあろうとしたという伝説を思い出し、なら私も同じ事が出来るだろうかと夢想した。
「そういう事なら、今度、ドラゴンの群れの中に飛び込んでみましょうか!」
「ワクワクした顔で何を言ってるんだ。このバカ娘は」
「少しは学習しろ」
「え!? でも、聖女エリカ様という方はドラゴンとも会話したという伝説があぁぁぁあああ!! 助けて下さいー!」
「クマ二匹も止められん小娘が、よりもよってドラゴンの群れとは。なぁシュン。どうすればこのアホ娘に学習をさせる事が出来るだろうか」
「ヤマトでは、実際に飛び込ませて学ばせるという方法があるが、流石にな」
「確かにそれは流石にマズイな」
「二人でっ! お話を! してないで!! たすけて、ください!」
私はジャイアントベアー二匹のベロベロ攻撃から逃れようと手を伸ばしたが、やはり何も掴む事は出来ず、そのまま全身を舐めまわされてしまうのだった。
伝説に語られている聖女セシル様の休息を描いた絵では、地面に寝ころぶジャイアントベアーの頭を優しく撫でて微笑む。聖女様の理想とも言うべき姿だったというのに、私はどうして! こんなに!
「あぁ、聖女セシル様! お助けください!」
「流石にここからヤマトには聞こえないと思うぞ」
「あぁぁぁあああ!! たしゅ、け……ガクッ」
そして私はジャイアントベアーから逃れる事が出来ず、倒れてしまうのだった。
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