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第15話『私にとって、殿下と過ごした時間は何物にも代え難い宝物です』(セオドラー視点)
(セオドラー視点)
ミラという少女は私にとって、まさに世界を照らす光だった。
王太子として生まれ、何の苦労も面白みもない子供時代を、ただ淡々と生きていた。
だから私は自分の人生が、これからもこれまでと同じ様に流れていくと思っていた。
自分が生きている意味も見いだせず、ただ生きて、何もなく死んでいくと思っていた。
しかし、そんな私の絶望に似た失望は、春風の様な荒々しい嵐によって全て吹き飛ばされてしまったのだ。
『あいたたた。上手くいくと思ったのですが、やはり知識と実践は違うという事ですね』
『……と、突然なんだ君は』
『あ、これは失礼いたしました。書庫にありました……背中に翼を作り、飛ぶ魔術を使おうとしまして、失敗してしまいました。ご迷惑をお掛けしまして。大変申し訳ございません!』
『背中に翼……? 風の魔術が使えるのなら、普通に飛べばいいだろう』
『いやいや! 背中に翼を作るなんて、凄く格好いいじゃないですか!』
そう言って、ボロボロの服と擦り傷だらけの顔で笑う君は、私が今までに知り合ったどんな人よりも輝いて見えたのだった。
そしてどうやらそれは、何年経っても変わらない様だ。
湖の向こうからフラフラと飛んできたミラは、途中で風の魔術が消えてしまい、私に目掛けて落ちてくる。
私は急いでミラを受け止めるべく両腕を広げて、何とか受け止めることに成功するのだった。
「っ! っと、とと。へへ。失敗しちゃいました!」
「君は、変わらないな」
「そうでしょうか? 以前よりは成長していると思いますよ。ほら、殿下のお部屋に入ってしまった時よりは、ずっと上手くなっているでしょう?」
「……っ! 覚えて、いたのか」
「ふふ。当たり前じゃないですか。よいしょっと!」
ミラは私から離れながら、一歩二歩と歩き、柔らかく笑う。
その姿は始めて会った時と変わらない、眩しいくらい美しい姿だ。
「何だか……殿下とこうしてお話するのも久しぶりな気がしますね」
「そうだな」
蒼くどこまでも広がってゆく空を眺めながら、息を細かく吐くミラを見て、私もあぁ、と息を漏らす。
「ミラ。君は今、幸せか?」
「はい!」
満面の笑みで頷くミラに、私は彼女を連れ去った者たちに、醜い嫉妬の様な感情を抱いた。
しかし、それと同時に安堵感も覚えていた。
「……そうか」
「お兄様やお姉様。お父様とお母様に愛され、殿下と共に素晴らしい日々を過ごし、最後に私の夢を叶える事が出来ました。私はこれ以上ない位の幸せ者です」
「待ってくれ。どういう事だ。最後というのは」
「殿下」
「……ミラ?」
「私は自分の運命から逃げるつもりはありません。聖女が私に与えられた役割であるのならば、私は聖女となりましょう」
「君はその意味が分かっているのか!? 聖女となれば世界の為に生きる事になる。個である君を捨て、ただ聖女として言われるままに癒しの力を使うだけの存在だ! ミラではなく、ただ聖女という存在になってしまうんだぞ」
「それでも、それは私にしか出来ない事です」
私の婚約者であったミラが、光の精霊と上位契約をしてしまい、癒しの力を手に入れてしまった時と同じ顔で私を見据える。
「私は、私のしていた事は、私と過ごした時間は無駄だったのか?」
「そんな訳、無いじゃないですか」
「ミラ」
静かに、震える様な声で、涙を流しながら、変わらず私を見つめるミラはとても美しく、思わず息をのんでしまう程であったが、それと同時に心が切り裂かれてしまう様な悲しさがあった。
「私にとって、殿下と過ごした時間は何物にも代え難い宝物です。殿下との思い出があるからこそ、私はこれから先、どの様な苦難があろうとも、前を向いて、生きてゆけるのです」
「ミラ……!」
そんな悲壮な覚悟を決めて欲しかったわけじゃない。
ただミラと共に生涯を過ごしたかった。あの輝くような時間を永遠に過ごしたかった。
ミラの素晴らしさは癒しの魔術だけではないと、聖女としての役割以外にもあるのだと世界に示したかった。
だというのに、私のやっていた事は結局ミラを追い詰めていただけだった。
本人は違うと否定していても、そうなのだ。
彼女の瞳がそう語っている。
「殿下。私は必ず戻ります。己の役目を果たす為に。ですから、もう少しだけ。もう少しだけお願いします」
「……ミラ。君たちはこれからどこへ向かうつもりだ?」
「私たちはヘイムブル領へ向かうつもりです」
「例の神刀か。次はどうする?」
「次はございません。その地で私は旅を終わらせるつもりです。その後は聖国の説得を」
「分かった。では、我らはヘイムブル領で君たちを待とう。もはや止めはせぬ。君の旅を十分に完遂させると良い」
「……ありがとうございます。殿下」
「あぁ」
私はそれから再び翼を作って飛び去ってゆくミラを目で追いながら、大きく息を吐いた。
そして、控えていた者たちに声を掛ける。
「皆。聞いての通りだ。決戦の地はヘイムブル領となる」
「セオ。準備はミラが旅に出た時からずっと出来てるよ。覚悟もね」
「そうか。流石はフレヤだな」
「ハリソンに比べれば大した事は無いさ。今日までミラを奪われずに済んだのは、ハリソンが聖国と裏で繋がり、表面上は敵対している様に見せながら、ミラを聖女とさせなかったからだろう?」
「思っていたよりも聖国が協力的だったからな。私はそれほど苦労していない」
「それでもだ。私は頭を使うのがそれほど得意では無いからな。ハリソンには助かっている」
「そういう意味で言うなら、私の方が助かっている。国連議会からの刺客もフレヤには何度も排除して貰ってるからな」
「いやいや」
私は、幼き頃からの友たちを見ながら、フッと笑う。
かつて険悪であった双子も、ミラが生まれてからはこうして互いを尊重し合う様に……。
「おい。ハリソン。私がお前を褒めてやってるんだ。素直に受け取ったらどうだ?」
「何が褒めてやってるだ。面倒な事を私に押し付けているだけだろう。そうしてミラとの時間を独り占めしていた事を私は忘れていないぞ」
「細かい事を煩い男だな。ミラの為に働けるのだ。文句を言うな」
「ほぅ。それならば今後外へ向かう際にはお前を護衛として指名する様にしようか」
「なんだと!? 私が居なくなっては誰がミラを護るというのだ!!」
「ミラの護衛ならば、今まさにミラの護衛として動いている人間が二人いるでは無いか。ここまで何も問題は起きていない。とても優秀だ。これからもミラを護ってくれるだろう」
「ふざけるな! ミラは私が一生護っていくんだ。誰にも渡さんぞ! 国連議会が仕掛けた罠を全て粉砕し、私がミラを攫って世界を巡る旅に出る!」
「それこそふざけるな。お前では精々が冒険者をやって小金を稼ぐ程度。私ならばミラに街をくれてやることだって出来る」
「ハン! 街くらいなんだ。私なら容易く手に入れることが出来る!」
「言っておくが、暴力的な手段で手に入れた街などミラは喜ばないぞ。あの子が廃墟を喜んでいるのは、そこに歴史があるからだ。破壊を楽しんでいる訳じゃない」
「その程度の事、分かっている! 私はあくまで街の護衛として入りだな……」
私は終わらない二人の会話を眺めながらため息を吐いた。
変わっている様に見えて、それほど変わっていないという事か。
しょうがない奴らだ。
「まぁ、私なら国をミラに渡す事が出来るがな。騎士団の護衛付きだし、予算を調整すればミラの夢を叶える事も容易い」
「おい! セオ。汚いぞ」
「地位を利用するとは何事か! 誇りは無いのか。誇りは!」
「フン。愛とは戦争だよ。ハリソン、フレヤ……あ、いや。違ったな。義兄上殿。義姉上殿?」
「お前に姉と呼ばれる筋合いはない!」
「言っておくが、まだ君との結婚を認めた訳じゃ無いぞ。私は」
私はギャアギャアと騒がしい二人を放置し、これから聖戦に征くかの様な顔つきで待機している騎士たちへ視線を移した。
「さぁ。いよいよ我らの誇りを掛けた戦いが始まるぞ。形骸化した理想を語る者どもに、聖女の夢を奪わせるな! 皆……ヴェルクモント王国の未来を照らす王妃の為に命を捨てよ!!」
「「「承知いたしました!!」」」
私は騎士たちの声に応え、手を挙げる。
そして、まだ騒がしい二人をそのままに、決戦の地へ向かうのだった。
「おい! 何が王妃だ!」
「セオ! 聞いているのか! セオ!!」
呪われた運命から、聖女を救う為に。
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