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第16話『オーロさん。何かお話をしていただけませんか?』
湖を翼で渡り、行きと同じく途中で翼が消えてしまった私は地面を転がり、そのまま空を仰ぎ見た。
涙が浮かぶのは地面を転がって痛かったからだ。
殿下の優しさを跳ね除けて、自分の想いばかり口にした私が、悲しい訳がない。
悲しんでいい訳がない。
「……っ、セオ……でんか」
唇を噛みしめて、瞼を強く閉じて涙を振り切る。
しかし、それでも涙はいつまでも溢れてきて、止まらなかった。
それから私はひとしきり泣いた後、オーロさんとシュンさんが待っている場所へと戻っていった。
二人は、私が出て行った時と同じく火の傍で目を閉じており、日常へと戻ってきたような気持ちになる。
まだ二人と出会ってから、それほど時間が経っていないというのに、不思議だ。
「終わったか?」
「はい」
「そうか」
シュンさんは片目を開き、感情の見えない瞳で私を見つめてから言葉を投げかける。
そして私が言葉を返すと、短く言葉を返してそのまま目を閉じた。
「ミラ」
「何でしょうか。オーロさん」
「コイツをやろう」
「これは……?」
「俺の弟分がな。よく食べていた物だったのだが、甘く美味いぞ。金平糖という菓子だ」
「こんぺーとー、ですか」
私はその不思議な形をしたお菓子を一粒口の中に入れて、目を閉じる。
すると、口の中に甘さがスッと広がって、心が温かくなるのだった。
「美味しいです」
「そうか。それは良かった」
オーロさんは私の頭に手を乗せながら、笑う。
その微笑みは、頼りになるお兄さんのようで、私は安堵してそのままその場に座るのだった。
「オーロさん。何かお話をしていただけませんか?」
「ふむ。そうだな。では、面白いか分からんが、家族の話をしようか」
「ご家族の話ですか?」
「そうだ。地面の上では冷たいだろう。こっちに来ると良い」
「……はい」
私はオーロさんの足の上に座らせてもらい、そのまま寄りかかって話を聞く事にした。
そしてオーロさんは緩やかに話を始める。
「前にも言ったがな。俺は戦場で生まれた。つまり両親の事も知らないし、兄弟なんかも知らない。だがな。ある時、そんな俺にも家族が出来たんだよ」
遠くを見ながら、懐かしい事でも思い出す様に呟く。
「ある戦場でな。ヘマをした俺は、動けないくらいの怪我をしてしまったんだ。それでな。戦場を離れて、街で休んでいたんだが、金も無くてな。俺は街の外れで一日を過ごしていた。俺の鎧が血に汚れていたからか、街の人々は俺を避けていた。それは別にその街の人間が特別だった訳じゃない。どこでも同じさ。好き好んで殺し合いなんてしている奴なんて近づきたくないと思うのが普通だ」
「……」
「だが、そんな中でも、あの少女は少し他の人間と違っていた」
「あの少女?」
「あぁ。身寄りのない子供を集めた孤児院でな。親代わり、姉代わりをしていた光聖教の修道女さ。光の聖女アメリアや聖女セシルを信仰していてな。聖女様方ならば、苦しむ子供を見捨てることはしないでしょうなんて言いながら、困っている人間を見つけては面倒ごとを背負いこんでいたな」
「とても、素晴らしい方だったのですね」
「まぁ、そうだな。彼女、アマンダは善人だった。それは間違いない。だが、善人であると同時にトラブルを呼び込む体質でもあったんだ」
「トラブル。ですか?」
「そうだ。例えば、そうだな。アマンダが食事をする金もないという男を助け、いつもの様に教会へ連れてきたのだがな。コイツは実は強盗でな。深夜に盗みを働こうとしていた事があった、とかな」
「だ、大丈夫だったのですか?」
「あぁ。蛇の道は何とやらだ。ソイツは教会に連れてきた時から胡散臭い気配はしていた。だから動き出す前から監視して、いざ事を起こそうとした瞬間に捕まえたという訳だ」
「おぉー。流石です」
「随分と面倒な事をするんだな。怪しいのであれば、さっさと捕まえれば良かっただろう? もしくは斬り捨てるか」
「おいおい。ヤマトじゃないんだ。そんな訳にはいかねぇよ」
「そうか。面倒なんだな」
シュンさんは、本当に心底面倒だなという顔をして再び聞くだけの体勢に戻る。
そんなシュンさんに私は、話しているオーロさんには悪いが、思わず話しかけてしまった。
「あの、シュンさん。ヤマトでは……裁判とかはどの様に行われるのでしょうか? あ、オーロさん。お話の途中に申し訳ございません」
「いや、構わん。俺も気になるしな」
「裁判?」
「おいおい。まさかヤマトのトラブル解決は個人か?」
「そんな訳が無いだろう。基本的に罪を裁くのは巫女様だ。巫女様には全てを見通す目があるからな。その者が犯した罪も視えている。つまり、罪を犯す可能性がある人間であっても、捕まえ、巫女様の所へ連れて行くことで解決出来るという訳だ」
「あー。それで千里眼か」
「そうだ」
私は突然出てきたその名前に、首を傾げながら言葉をそのまま返した。
「千里眼……ですか? 確かクレアボヤンスの事ですよね? という事はその巫女様という方は遠くを見たり、人の心を見たりする事が出来るのですね。闇の魔術と何か関係があるのでしょうか」
「いや、巫女様の力は魔術ではない。巫女様の家系に伝わる力だ。神が授けた力だと言われているな」
「神様……という事はこの世界を創られた神様の事でしょうか」
「その辺りの神話は知らん。が、かつてヤマトは二柱の神によって建国されたと伝えられている」
「二柱……?」
「何を不思議そうな顔をしているんだ。戦いの神と、生命の神の二柱だろう?」
「いえ、私たちの国では神様といえば、命を生み出し、世界を生み出し、力を与えて下さる方なのです」
「つまり、ヤマトと西側諸国で合計三柱の神が居るという事か?」
「それは、どうなんでしょうか。もしかしたら、ヤマトの神様が我らの世界をお創りになった神様と同一という可能性もありますからね。伝説に残る方も、幾人かの伝説が集まって出来た人物という事もありますし。元々はヤマトの神様であったという事……?」
これは是非ともヤマトに行って、神話を確認しなくては。
「おいおい。キラキラした目でシュンを見てるが、ヤマトに行くつもりか? ミラ」
「はい! 是非とも!」
「少々遠いが、良い国だぞ」
「そうなんですね! 楽しみです!」
「ミラ。行くなら行くで構わんがな。ヤマトがどんな国かも分からないんだぞ」
「大丈夫です!」
「東の果てだぞ? しかも地図すら無いような真実果ての果てだぞ?」
「大丈夫です!! 歩くのは得意です!」
「……シュンみたいな奴ばかりの国かもしれないぞ。前の話を聞いただろう?」
「うっ」
私は道行く人が、皆シュンさんの様な人ばかりという世界を思い浮かべて、少し引いてしまった。
いや、シュンさんは悪い人では無いのだけれど、シュンさんはかなり力で解決するタイプの方だから、いっぱい居ると怖いというか、何というか。
「そんなに心配しなくても俺の様な人間は居ない」
「あ、そうなんですね。っていうのも失礼ですが」
「気にするな。俺も自覚はしている」
まぁ、そうか。
流石に。そうだよね。
「俺は口数も少ないし、大人しい方だからな」
「え?」
「は?」
「ヤマトに行けば陽気な人間も多い」
「いや、その……陽気な事は良い事だと思うのですが、皆さん刀を持っていたり、その……」
「あぁ、そうだな。殆どの人間は帯刀しているぞ。それにトラブルがあれば戦って解決だな。勝った奴が正しく、負けた奴が間違えている」
「……」
「ミラ。行くときはよく考えてからにするんだな」
「そうですね」
私は遠くを見ながらそう呟くのだった。
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