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第4話『ミラ。君の夢はなんだ?』
「私とチームを組んで、伝わっていない世界の歴史、そして失われた魔術を一緒に調べませんか!?」
月明かりに照らされた家の中庭で、私は初対面の男の人たちに頭を下げながらお願いしていた。
しかし……。
「悪いが、断る」
「お前と組む理由がない」
「えぇ!?」
私は驚き、顔を上げるが、どうやら嘘や冗談では無いらしい。
「な、なぜ。だって私の知識が必要だって言ってたじゃ無いですか! 協力して欲しいって!」
「まぁ確かに言った。が、だからと言ってお前に協力してやる義理はないんだ。悪いな」
「俺は神刀さえ手に入れば、それ以上お前に用はない」
「あぅー」
私は冷たく突き放され、そのまま地面に座り込んでしまった。
そして、昼間殿下に言われた事や、お姉様やお兄様。そしてお父様やお母様に夢を諦める様、言われた事を思い出す。
どうして、どうしてただ夢を見る事も出来ないのだろうか。
貴族の家の生まれだから、いずれ国や領地の為に、身を捧げなくてはいけない事は分かっている。
だから、それまでの間。ちょっとだけで良い。
今強く抱きしめている本に出てくるお話の様に、世界へ飛び立ちたい。
自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の手で触れたい。ただ、それだけなのに。
「ぁぁああああ……うぅ、うぁぁぁあああ」
「お、おい」
私はあふれ出てくる涙を抑える事も出来ず、ただその場で泣き始めてしまった。
貴族の令嬢として、しっかりしなくてはいけないと分かっているのに。どれだけ腕で拭っても、涙が止まる事は無かった。
「……そんな風に泣くな」
「っ、ご、ごめん、なさい。すぐに泣き止んで」
「違う。泣くなと言っている訳では……いや、言っていたな。あー。なんだ。その、な。俺は今、世界を巡って、色々な任務をこなしている。だから、その……任務をこなす他は自由に動ける時間もあるんだ。だから、少しは手伝ってやっても良い」
「……ぇ?」
私はしゃくり上げながら、シュンさんが頬をかきつつ口にした言葉に、信じられないと鼻をすする。
「ミラ。君の夢はなんだ?」
「わた、しの、夢は……世界を、自分の足で、巡りたい」
「そうか。子供らしい。良い夢だな。すまない。俺も少し余裕が無かった様だ」
「オーロさんは、でも、きっと、すぐにでも、亡くなった方に会いたいのでは」
「それはそうだがな。そうやって自分の為だけに君を利用すれば……あの子たちは俺を許さないだろうさ。だから、俺も君の夢にも協力しよう」
「オーロさん……!」
「なら、とりあえず一時休戦だな。オーロとやら」
「そうなるな。シュン。で良かったか?」
「あぁ。構わん」
シュンさんとオーロさんは笑い合いながら武器を収め、何だか分からないままに、私の夢も叶いそうな雰囲気が出てきた。
現金な物だが、私は嬉しくなり、思わず二人に駆け寄って笑っていた。
「あの、その、よろしくお願いします!」
「あぁ」
「……ところでオーロ。お前、子供の相手は得意か?」
「それなりだな。お前は? シュン」
「まぁ、それなりだ」
「そうか。ではとりあえず俺が連れて行こうか。後ろは任せても?」
「あぁ。問題無い……!」
ピリッと、空気が弾けた様な気配があった。
そして、私はオーロさんに抱き上げられ、先ほどと同じ様な速さで家の外に向かって走る。
瞬間、オーロさんの背中で何かが爆ぜた。
「……どこへ行く。この誘拐犯共め」
「お姉様!!」
「ミラ。すまないな。少々油断した。しかし、今すぐ助け出してやる。少し待ってろ!」
「お姉様! 私は!」
「風よ!! 奴を逃がすな!!」
私はオーロさんの腕の隙間からお姉様を見て、その腕がレイピアと共に横に一閃されたのを光の軌跡で見た。
そして次の瞬間に突風が生まれ、オーロさんに向かって飛んでくる。
「シュン!」
「この程度。問題にはならん」
「なっ!?」
しかし、お姉様の放った一撃はシュンさんが立ち塞がるだけで消え去り、空気に溶けて消えていった。
「シュン! 俺の肩に掴まれ!」
「あぁ!」
そしておそらくは転移の魔術を使ったのだろう。
シュンさんがオーロさんの肩に触れた瞬間、景色が変わり、そしてそれが二度、三度と繰り返される。
多分、転移の魔術をすぐ解析されるのを防ぐ為に、何度か転移を繰り返して追跡を振り切ろうとしているのだろう。
普通なら魔力が持たないと思うんだけど、これがSランクって事なんだろうな。と私は他人事ながら頷くのだった。
それから。
私はオーロさんとシュンさんが持ってきた沢山の山菜から、食べられる物と食べられない物を分けて料理を作っていた。
ついでにと、二人が狩ってきた魔物の肉も入っている。
サバイバルの時に役立つ本を読んでおいて良かった。備えあれば憂いなしである。
「ほー。これが食べられない草か。どうやって見分けるんだ?」
「植物は植物大百科を全て覚えました。シュンさんが持っているのはニガシビレ草、葉の形が特徴的なんです。このギザギザとした葉っぱは、これの他に六十二種類しか無くてですねー。その中でもよりギザギザの間隔が細かく、葉の先端が鋭いのがニガシビレ草の特徴なんですよ。あ、ただ近縁種もいくつかあって……」
「あー。分かった。分かった。スマンが俺の頭じゃ覚えられそうにない」
「なんだ。シュン。子供が楽しそうに話してんだ。最後まで聞いてやれよ」
「言うな。オーロ。こういう子の話が長いのはよく知ってるんだ。朝まで話すぞ。こういうタイプは」
「そこまで話しません! ちょっとした応用情報だけです!」
「なるほど。じゃあ、どれくらい長く話すつもりだ?」
「えと、後は近縁種の話と生態と、どうしても食べる際の注意事項と」
「やはり朝まで続きそうだな」
「そんな事は……! あるかもしれませんが」
「ワハハハ。これから長い旅になる。話したい事があるならゆっくりと話せば良いさ。時間は十分にあるんだからな」
「オーロさん……!」
「という訳で、まずは飯にしよう」
「はい!」
私はオーロさんの用意した木のお皿に、オーロさんの分とシュンさんの分を入れる。
そして自分には二人の半分くらいの量を入れて、少しずつ食べるのだった。
火を囲みながら食べるご飯なんて初めてで、何だかワクワクしてしまう。
パチっ、パチっと、火花が散って、空に赤い火の欠片が舞い上がっていくのも、木々の隙間から月が顔を覗かせているのも、何もかもが新鮮で、心躍るものばかりだ。
こうして椅子にしている木だって、踏みしめた枯れ葉の感触だって、家や街に閉じこもっていては感じられない物ばかりなのだ。
目を閉じれば風の音が聞こえるし、木々が揺らめく音はまるで木と木が話をしている様でもある。
「ふふっ、ここが外の世界」
私は思わず独り言を呟いて、笑ったのだが、そんな私の姿をオーロさんとシュンさんが見て笑っており、私は思わず恥ずかしくなって、お皿で顔を隠しながら静かにご飯を食べるのだった。
「あー。そういやシュン。お前、逃げる時、何をやったんだ? フレヤ・ジェリン・メイラーと言えば、光速の剣術で名を売ったが、それ以上に、化け物じみた魔力から放たれる高威力の魔術が脅威って有名でな。そうそう容易く防げるもんでもないぞ」
「それか。それならコイツだ」
お皿に顔を隠しながらそっと二人の会話を覗き見ていると、シュンさんが一本の剣を取り出した。
湾曲した、普通の剣よりも細身の剣。
「これは神刀『如月』と言うんだが、神刀には魔力を通さない性質があってな。コイツを魔術に当てれば、そのまま破壊出来るという訳だ」
「それは……凄いな。ふむ。なるほど、魔術なんて繊細なモンに、魔力の結合と配置をぶっ壊す何かをぶつければ、魔術は壊れるって訳か。神の刀なんて呼ばれる訳だな」
「まぁな」
私は二人の話を聞いていて、疑問に思った事を思わず口にしていた。
「そんな……おかしい」
「ミラ?」
「いや、だって、おかしいですよ。世界に存在する全ての物は魔力が含まれているんです。私も、その辺りに生えている草も、魔物も、こうして吹き抜ける風だって。なのに、その神刀は魔力を通さない。という事は魔力が含まれていないんですよね?」
「あぁ。そうなるな」
「そんな、そんな物をどこから見つけてきたんでしょうか。世界のどこかには魔力が無い場所も、あるという事なのでしょうか?」
「詳しい所は俺にも分からん。だが、一つだけ確かな事がある」
「……」
「この刀は、神が造った刀なんだ。神が神を殺す為に造り出した刀。故に神刀という」
「神様が、神様を……?」
私はゴクリと唾を飲み込みながら、真剣な表情で神刀を持つシュンさんを見つめた。
緊張からか服を握る手にも力が入ってしまう。
しかし、私の心にあったのは恐怖よりも、好奇心であった。
もっと知りたい。
世界の事を。私が知らない事を。もっと!
そんな強い欲求の中で、私はいつまでも世界の不思議を見ているのだった。
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