第6話『一つルールを作ろうか。ミラ』

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

第6話『一つルールを作ろうか。ミラ』

朝! 朝である!! 空気が僅かに湿っていて、吸い込んだ息は喉を通り、胸が僅かに冷たくなる。 外の朝というのは、こんなにも清々しい物なのか! と私は感動で飛び跳ねそうだった。 しかし、自重する。 何故ならオーロさんとシュンさんが、共に夢の世界へ行っているからだ。 眠っているのを邪魔するのは良くないだろう。 という訳で、二人が起きるまで何をしようか。 ……。 「探検をしましょうか」 「駄目に決まっているだろう」 「ひぅっ!?」 高い木々に囲まれた森の中で、立ち上がり拳を握り締めた私の背後から聞こえてきた声に、私は思わず飛び跳ねた。 そして口を塞ぎながら振り向くと、目を覚ましているオーロさんがやや呆れた様な顔で私を見ていた。 「一つルールを作ろうか。ミラ」 「るーる。ですか?」 「そう。ルールだ。ミラ。君はどんな場所であろうとも、決して一人では行動しない事」 「え、えと、その」 「ん?」 「あの、お手洗いとかは」 「あぁ、そうだな。それはまぁ……離れた場所でやると良い」 「分かりました……あれ? でもお手洗いで離れても良いのなら、普段もそう変わらないのでは? 同じくらいの冒険ですよね?」 「まぁ、そうだな。それは確かだ。君が離れても気配で何をしているか分かっているからな。同じと言えば同じだ」 「気配で……。そうですか。ん? 気配で何をしているか分かる?」 私はこの広い森の中で、そういう事をしている時に、その姿を分かっていると言われた様な気がして、目の前が真っ赤になってしまった。 そして頭が熱くなり、意味不明な言葉が口から洩れる。 「~~~!!!?!?」 訳も分からず、オーロさんの鎧を叩き、文句を言う。 しかし、そんな私に追い打ちをかける様に、いつの間にか起きていたシュンさんが酷い一言を放つのだった。 「そんなに気にしなくても、子供に興味などない」 「っ!!! っ!!!!!!!」 言葉はない。だが、怒りは確かに全身にみなぎっていた。 怒りだ。 私は今、全身に感じる怒りを身に纏っていた。 そして怒りのままに森をズンズンと進む。 「なぁ、ミラ。そろそろ怒るのは止めないか?」 「別に怒ってません!!!」 「そうか……お、こんな所に、あー。なんだ? 何か、変な虫が居るぞ?」 「変な虫ではありません! フォレストミルシルクワームです!」 「ふぉれ、何だって?」 「ですから、フォレストミルシルクワームです」 私はオーロさんに貰ったリュックに本を入れながら、腰に手を当てる。 そして、何の事やらという様な顔をしている二人に、説明をする事にした。 「フォレストミルシルクワームはその名の通り、森の中で生きる白いシルクという布の原料を吐き出す虫の事です。わざわざ森という名称が付いているのは、この虫が森で生息する事がもはや珍しい虫だからですね」 「ほぅ」 「何故ならこの虫は現在、人類によって養殖されており、貴族やお金持ちの方が着る服を作る為の原料として、飼われているからです。その為、こうして森で生きる自然のミルシルクワームは、非常に珍しいと言えるでしょう。そして、それと同時に非常に希少かつ、店で売れば非常に高価な虫である事でも有名です」 「養殖している虫が売れるのか?」 「良い質問ですね! オーロさん。そう。人は確かにミルシルクワームを養殖し、安定したシルクの原料を手に入れる事に成功しました。しかし、その結果ミルシルクワームは、空気に含まれる魔力量を制限している人間の領地で生きる事になり、魔力を多く取り込む事が出来なくなってしまったのです。こうした環境の変化で生態系が変わる事を、偉大な学者テオドール博士は、『適応・進化』と名付けましたが、それと同じ事がミルシルクワームにも起こったという事ですね」 私は木の幹を元気に登ってゆく虫を見ながら微笑む。 元気な子だ。きっと様々な魔力を多く含んだ糸を吐き出す事だろう。 「現在養殖されているミルシルクワームの殆どは、魔力含有量の少ない糸しか吐き出せず、布としては高価で貴重ですが、どこか面白味とでも言うのでしょうか。色や個性のない個体ばかりになってしまったのです。それゆえに、自然の中で生きるミルシルクワームの鮮やかな色彩と、空気の中に含まれる魔力に反応して色を変える糸は非常に希少で、高価になっているという訳ですね。貴族やお金持ちは他者と違うものを求める所がありますから」 うんうんと頷きながら、ミルシルクワームの姿を見てニッコリと微笑んだ。 ひょこひょこ動くのが非常に可愛い。 この辺りは風の精霊が多く居るのか、白い体に僅か緑色が混じっているのも綺麗だ。 「……つまり、道中金が無くなったらコイツを捕まえて売れば良いって事か」 一生懸命木を登っているミルシルクワームのお尻を指で突きながら、そんな事を言うシュンさんに私は怒りの声を上げた。 「何を言っているんですか! シュンさん! それに、そっちで頷いているオーロさんも! お二人は強いのですから、暴れる危険な魔物の討伐でお金を稼げば良いでしょう!? 何故こんなにも小さくてか弱くて、一生懸命生きている虫を虐めるのですか!?」 「いや、虐めてるつもりは無いんだが」 「自覚のない虐めが一番良くないんですよっ!? もっと弱い生き物を大事にしてください! 特にこうして森で暮らすミルシルクワームは希少なんですから。ねぇ!? 君もそう思うでしょう!?」 お尻を突かれて、必死に逃げるフォレストミルシルクワームに私は語りかけたが、どうやら逃亡で忙しいらしい。 そのまま一生懸命に逃げていた。 「しかし、コイツ。放っておいてもこのまま、鳥とかに喰われそうだが」 「そこは大丈夫です! 何故ならフォレストミルシルクワームは、その体内に多くの魔力を蓄える関係上、魔力で相手を判断する魔物たちにとって、強大な存在に見えるんですよ。だから、襲われにくいんです。そして大きな魔物に対しては、体の大きさが小さい事で襲われにくいという事ですね」 「ほー。良く出来てるんだな」 「そういう事です。生命の神秘ですね!」 私はシュンさんの言葉に頷きながら、フォレストミルシルクワームに別れを告げて、森の奥へと進み続けた。 そして、次なる不思議を見つけて駆けだしてゆく。 「お、おぉー!? あれは!! まさかフォレストミュービー! フォレストミュービーじゃないですか!」 「なんだ。そいつは」 「知らないんですか!? 有名じゃないですか! 生命の進化論に出てくる代表的な生き物。フォレストミュービーですよ!」 「いや、だからそれを俺たちは知らないんだと」 「あぁ……なんて事」 私はショックを受けながら、およよと体をふらつかせ、木に手を付いた。 何とも悲しい話である。 しかし、知らないという事は悪ではない。知らなければ知れば良いのだ。 「良いですか? フォレストミュービーとはですね。かつてレイクミュービーという名で呼ばれていた魔物なんですよ。特徴的なのはその翼でして、この魔物は鳥でありながら飛ぶ事をしない魔物なんです。そしてその緑の翼はかつて青い翼をしておりまして、魔物が魔力の影響を強く受けている事を証明した種でもあるんですよ!」 私はフォレストミュービーの群れに駆け寄りながら、シュンさん達に語り掛ける。 途中、縄張りを荒らされていると勘違いしたのか、ミュービーたちに襲われる事もあったが、何とか無事シュンさん達に助けられるのだった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!