第9話『お二人は『聖女』というものを御存知ですか?』

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第9話『お二人は『聖女』というものを御存知ですか?』

夕食を終え、二度目となる火の傍でお話の時間だ。 私の一番楽しい時間である。 「お二人は『聖女』というものを御存知ですか?」 「あぁ」 「この世界で知らん奴は居ないだろう」 火の向こうで、それぞれカップを持ちながら私の話に頷いてくれる。 それに感謝しつつ、私は話を進めた。 「そうですね。では、聖女の定義については御存知でしょうか」 「定義? 知らんな」 「国連議会に認められた奴じゃないのか?」 「そうですね。確かにオーロさんの言う通り、世界国家連合議会で全会一致した場合のみ、『聖女』という称号と地位がその個人に与えられます。そして聖女となった者は冒険者組合に登録され、聖女として世界を巡り、その力を使っていく事になります。ただし、聖女の活動に関しては、全て国連議会で可決されたものに限定される為、聖女に個人が依頼する事は出来ません。これが世界の常識ではあります。しかし、国連議会が生まれるよりも以前にも聖女と呼ばれる方々は存在しました。ではどの様にして聖女という存在を定めているのか」 私は紅茶を一口飲み、話を続けた。 私にも大きく関わってくる話を。 「歴史上、最も古くに聖女と呼ばれた人は、通称始まりの聖女……または光の聖女とも呼ばれた聖女アメリア様です。そしてアメリア様の最も大きな特徴としては癒しの魔術があります」 「……ふむ」 「アメリア様が表舞台に立つよりも前から癒しの魔術という物は存在していました。しかし、それは火の魔術で患部を焼き、血を止める事であったり、水の魔術で綺麗な魔力の多く含んだ水を飲ませ、本人の生命力を底上げする様な物が主体でした。ですが、アメリア様の奇跡はその様な魔術とは大きくかけ離れたものでした」 私はコップを近くの台の上に置き、ナイフを拾って自分の指を傷つけた。 そして、すぐに癒しの魔術を使ってその傷を塞ぐ。 「それこそが光の精霊に力を借りた癒しの魔術なのです。本人の治癒力を向上させる訳でもなく、ましてや傷を焼いて塞ぐ事でもない。傷があった事すら分からないくらいに完全な治癒をする。この魔術を使う事が出来る存在が、聖女と呼ばれる存在です。まぁこの技術自体はアメリア様ではなく聖女セシル様が確立した物ですが」 「なるほどな。これで病も傷も治す事が出来るって言うんなら、どの国も欲しがるのはよく分かる。戦争するにもこんな便利な存在は居ないからな。いや、だからこその抑止力か。誰も独占出来ない位置に聖女をおいて、例え戦争が起こっても、聖女の存在により戦争で勝つ事は困難。そうなれば世界は平和、か?」 「そう、ですね」 オーロさんの言葉に私はやや俯きながら、頷いた。 確かにそう。オーロさんの言う通りなのだ。 聖女と呼ばれる存在はその多くが、権力者や一部の悪意ある人間に利用されてきた。 無論歴史上に残っている事など殆ど無いが、悲劇的な最期を迎えた人など数えきれない程にいる。 「しかし。それで世界が平和になるのなら、私は良いと思います。過去の歴史では戦争が多く起こっており、魔物が原因で起こった事件も数えきれません。しかし、聖女が居れば、もう誰も傷つかず泣かない世界が出来るのです」 「気に入らんな。そいつは大人の理屈だろう。お前の意思はどうした。聖女候補ミラ。お前が聖女となれば、もはや今日みたいな旅は出来ん。待っているのは保護という名の監禁だ。生涯自由を奪われて、安全という名の檻の中で過ごす事になるぞ。それが嫌だから、こうして飛び出したんじゃないのか?」 「……いえ。私は、自らの役目から逃げるつもりはありません。今こうして世界を歩いているのは、最後の思い出作りです。心残りがない様に」 私はキュッと胸の前で右手を握り締めながら、唇を噛み締めて笑う。 だって、私はこんなにも幸せだ。 愛する家族に囲まれて、今もこうして優しい人達に助けられて、夢を叶えている。 これ以上ないくらい幸せな存在だろう。 「だから、私、とても幸せなんです」 オーロさんとシュンさんは私を見て、深いため息を吐いた。 その姿に私はビクッと震えてしまったが、二人は別に私を怒る訳では無いらしい。 「これだから子供というのは苦手なんだ」 「っ! あの、シュンさん、ごめっ」 「シュン」 「あぁ、分かっている。すまんな。ミラ。そういう意味じゃない。俺はお前を嫌っている訳じゃないんだ」 「……え?」 「子供はな。もっと我儘を言うべきだ。怖いなら怖いと言えば良い。聖女になぞなりたくない。自由になりたいと、そう願うなら言え。その程度、容易く叶えてやる」 「な、何を言っているんですか。相手は世界ですよ。拒否すれば、何をされるか分かりません」 「それがどうした。俺の敵じゃない」 「っ」 「天霧家初代当主は、その奥義『天斬り』にて、天をその言葉のごとく斬ったという。そして、その『天斬り』を成した刀がこの『島風』だ。その速さは人の理解を越え、その斬撃を世界に刻み込むだろう」 「い、意味が分かりません」 「……うむ。つまり、天斬りは」 「おいおい。ミラはそういう事を聞きたいんじゃないぞ。シュン」 私が首を傾げるのと同じく、シュンさんも首を傾げる。 その姿が何だかおかしくて、私は思わず笑ってしまった。 「あー。その、なんだ? 俺と島風は、どんな相手が立ちふさがっても負けんという事だ」 「シュン。お前……もう少し何とかならんか」 「やかましいな。オーロ。俺はこういうのが苦手なんだ。話すのはお前の方が得意だろう。お前が言え」 「はいはい。分かった分かった」 オーロさんは笑いながらコップの中のお茶を飲み干し、コップを置きながら私を見る。 「ミラ」 「は、はい」 「俺はな。戦場で生まれたんだ」 「戦場」 「そう。戦場だ。人間同士が戦争をしている戦場だな。その何処かで俺は生まれた。そして色々な奴に拾われて、戦いながら生きてきた。しかし、そんな俺にも、家族が出来てな。戦う事しか知らん俺にも、安らぐ場所って奴が出来た」 「……はい」 「つまりだ。生まれも、育ちも関係ない。己がどうありたいかだ。ミラ。たった二日しか過ごしていないが、俺はミラの事が嫌いじゃない。もしミラが望むのならば、どんな運命からも逃がしてやろう」 「オーロさん」 「まぁ、こんな風に逃げ回る生活という訳にはいかないからな。このまま東の果て。セオストにでも行けば良いさ。あそこには世界最強の男、エドワルド・エルネストが居る。あの男は、子供が犠牲になる未来など認めはしない。君の夢を脅かすものは居ない」 「セオスト……確か、自由商業都市でしたか」 西に集まっている国々とは違い、確かに東に行けば、国連議会も手が届かないだろう。 ましてや獣人戦争の英雄エドワルド・エルネストと敵対する事は、国連議会も避けたいはずだ。 そこには未来がある。 でも、それは駄目だ。 だって私には護りたい物があるのだから。 「お二人の好意はとても嬉しいです。ですが、私はその提案に頷く事は出来ません」 「……」 「何故なら、それは歴史が証明しているからです。かつて五十年前に起こった獣人戦争は、聖女が獣人の国に奪われた事から始まりました。今、私がここで逃げ出せば同じ事が起こります」 私は首から下げているペンダントを、服の下から取り出してそれを二人に見せて笑う。 「私がこうして夢を追えるのも、このペンダントがあるからです」 「……それは?」 「はい。私が確かに生きている事と、ヴェルクモント王国から出ていない事を知らせる為に付けている物です。これがあり、私が国外に出ていない事で、人々は安心し、戦争を起こさずにいられるのです。だから、私は、決してこの運命から逃げるつもりはありませんよ」 キラリと鈍色に輝く運命を見ながら、私は静かに目を閉じるのだった。
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