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「ぼたんね、おなかすいたから。だからゴミたべた」
さも当たり前のように言うぼたんは、俯き両手をお腹に当て空腹を訴えるような動作をする。
「まだね、まだ……おなかいっぱいにならないんだ。おかねないから、かいものできないし。……こんどは“ゴミおきば”にいってみる」
ゴミ置場……今の状況から考え、彼がそこでどんな行動を起こすかなんて安易に予想できる。
だが、自分なりに考え、結論をだしたぼたんは、ゆっくりと顔をあげた。
「たべないとね、ぼたん……しんじゃうの」
“死んじゃう”
その言葉の後に、微かに呟いたのは“死にたくない”という、彼の気持ち。
純粋な心は曇りを見せない。故にぼたんの、表情のない口から紡がれる言葉にはフィルターが掛かる事もなく、ただただ彼自身の現実である境遇を赤裸々に語る。
「い、いないって……」
そんな話を聞いて女性は狼狽える。その格好から嫌な予感はしていたが、よもや親が既に他界していたとは。
この状況なら児童施設に預けられているか、路上で乞食をやっているかだが――どちらにせよ録な生活を送っていない事はわかる。
幾ら時代が変わり、人々の暮らしが豊かになったとはいえ、何らかの理由でこうして社会の底辺での暮らしを余儀なくされる下流層が出てくるのは世の常である。
よく出来た天秤の如く、裕福と貧困は一定の均衡を保ち続ける。余程の奇跡でも起こらない限り、余程の力がない限り、この街でチャンスを掴む事など不可能なのだ。
そしてぼたんも例外ではなく、ある時を境にして完全なる「弱者」となった、否――ならざるを得なかった彼の境遇は悲惨そのものであり、こうして未だに空腹を訴えている姿からは東京という街が如何に強者にとって恵まれているのか、そして弱者に厳しい土壌なのかがわかる。
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