夜釣りの河童

1/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

夜釣りの河童

 これは、リカが四歳の時の出来事です。  ふと目が覚めたリカは、毛布にくるまって横になっていました。  リカが横になっていた場所は、戦前からある古い石橋の歩道で、(まば)らな人影がみな等しく下向き加減に往来しています。車道では、耳障りなエンジン音とアスファルトを蹴り潰す走行音が通り過ぎ、車のヘッドライトと排気ガスがもやもやと漂っていました。  橋はリカの家の近所にあり、昔から河童(かっぱ)が出るといわれる川に架かっていました。  リカの周りには、カセットコンロと二、三個積み上げられたアルミ鍋、リカを包む毛布がありました。まるで橋の上でキャンプをしているようです。 「起きたか」  父の声がしました。リカは慌てて起き上がり、 父の声がした方に目を向けました。  父は麦わら帽子をかぶり、白いシャツにサスペンダー付きの釣りズボンという姿で、リカに背中を向けて……と言うか正確には、欄干(らんかん)に向かって……胡坐(あぐら)をかいていました。  右手に釣竿を持ち、 欄干から糸を()らして魚を釣っているのです。 リカは父の(かたわ)らにあるブリキバケツの横に膝を抱えて座り、欄干の隙間から見える向かいの大きな橋に目をやりました。  向こうの橋でも、頭の天辺(てっぺん)禿()げた着物姿の見知らぬおじさんが釣りをしています。  どうやらリカは、父の夜釣りに付き合わされて退屈あまり眠ってしまったようです。 「夏じゃけえ、魚がよう釣れる」  父は釣った魚をバケツの中に入れます。魚はバケツよりも大物だったと思いましたが、何故かすっぽりと収まるのです。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!