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「スイカ、食べる?」
彼女はそういい、青白く細い指が俺の首すじに触れた。片手には抜身の包丁を持ち、ゆっくりと口角を上げる。ただ、その彼女の微笑は妖しく何より艶めかしい。
僕の返事を待たずに目の前に黒めいた皿に三角に切られたスイカが置かれた。しゃくしゃく、と泥がついた手で必死で貪る。それもそうだ、僕はしばらく彼女からスイカ以外の食事を出してもらっていない。
じゃら、と両腕に繋がれた金属の鎖が冷えていちだんと重い。その鎖は彼女の大きな家よりさらに大きい樹に抱かれるように巻き付いている。重みに耐え切れずに俺は地に腕をいったん下ろし、休憩した後に再び噛みしめる。みずみずしさが口の中いっぱいに広がって、甘さをより深く感じた。脳へ、身へとじっくりと染みわたる。ほぅ、と息をついた。
「スイカのこの赤い色って何かを思い出さない?」
僕はスイカを食らったままなので、返事はしない。というより、彼女との会話は諦めている。何度問いかけても、質問には答えないし要望にも応えてくれないからだ。
「ふふふ。ねえ、また種まで食べちゃった?」
そこまでいわれて、確かにいくつか種を呑みこんだことを思い出す。
「小さな頃、考えたことなかった? スイカの種が胃で消化できなかったらどうしよう、って」
傘を差して大樹の幹に横たわる俺を見下ろす彼女。
「もうすぐだから教えるね。スイカって雨の日は収穫しちゃダメなの」
その言葉に嫌な気持ちがこみ上げる。口に残るスイカを吐き出そうとした。いや、もう遅い。僕は何日も、いや何か月前からもスイカを食べさせられて――。
「雨が上がったら、またくるわ」
俺が最期に聴いたのはその言葉。そういって、俺のへそから這い出た蔦を白い指がからめとり、愛おしそうに引き抜いた。
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