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ドラムとベースの男が、俺のことを凝視する。
「あぁ俺、芸人の月光電設・友清いいます」
「え、芸人さん?」
「月光電設知ってる!」
二人で顔を見合わせて、ぐすぐす泣いているうるましんに視線を向ける。
「しんみりしてたとこ、ごめんやで。いや俺、今日この娘と電車で会うて、ライブの最後に告知してええから来てくれ言われてな」
ドラムとベースは初耳の顔で聞いている。
「さぁ最後どんなボケかましたろかなーて考えてたら、自分ら『今日で解散します』言うからシーンなって。マイク置いて頭下げるて、百恵ちゃん以来やで。めちゃめちゃカッコつけるやん思て」
俺が笑いながら話すと、二人の男はぷっと吹き出して肩を揺らす。
「あの流れでさすがに俺は出るに出れんしや。『今日で解散します』『話変わりますけど漫才ライブがありまして』は無理やん?」
三人はくすくす笑い、ついに重かった空気が和んでいくのがわかる。
「まぁせやから、せめてなんで解散すんのか、俺には教えてくれへんかな思て」
俺が頼むと、うるましんが泣き笑いしながらぺこりと謝罪した。
「すいません友清さん。スタート直前に決まったんで」
「何があってん? 俺今日でごっついファンになってしもて、グッズも揃えよか思たらこんなツンデレ……もう特殊ツンデレ罪やで自分」
三人はけらけら笑う。うるましんは、さっきまでの涙と笑いの涙が混ざり始めた。
「辞めんのもったいないて」
「ありがとう、友清さん。けどもう、これ以上は進めないんです」
うるましんとドラムが目を合わせた。ドラムは気まずそうに頭を掻いて視線を外す。
「私、耳が。耳が、聞こえづらくなってしもたんです」
俺はうるましんを見た。彼女は片方の耳に手を当てて、悲しい笑顔を見せる。
「ちょうど、音楽会社からいい話も来たんですけど、根治には時間がかかりそうで、いったん待ってもらってて。でも裕也はもう、待ってられないから就職するって決めて……」
「話が来たって、お前だけにな。治るまで待ってくれるなんてすごいご身分」
ドラムが割って入った。
「それは今話し合ってるやんか」
「いや、お前だけ欲しいってことはわかってる。だから俺達はもうええねん」
ドラムは吐き捨てるように言った。
「……。という訳でチェリポケとしてはこれ以上無理やなって、ライブの直前に話し合ったんです」
俺はここまでを聞き終えて、ベースの奴に近づいた。
「ほんでこの二人は付き合ってるん?」
ベースは苦悩の表情で細かく何度も頷いた。
「付き合ってません。もう別れました。……ほな俺、行くわ」
ドラムの裕也は頭をむしって大股で出て行った。
うるましんはまた、目に涙をいっぱいに溜めている。ベースが「おい裕也」と、深い溜息を吐いて、「あとお願いします」と謎の仕事を俺に託して、ドラムを追いかけて出て行った。
暗く静かなライブハウスに、泣いているうるましんと、俺がいる。オレンジの照明に照らされたこいつは一体、今日だけで何個俺に表情を見せるのか。
「お前、耳のこととかデビューのこととか、そんなことより、あのドラムの奴と別れたくなかったんやろ」
うるましんは、ぼろぼろと零れる涙を隠すように両手で顔を覆って嗚咽する。ステージであんなに力強く輝いていた彼女が、三倍くらい小さくなって、今にも倒れてしまいそうで。
俺は彼女の両手をオープンさせて、「泣き顔ブスやのー」とニヤニヤ覗き込んだ。彼女は怒ったような笑ったような顔になる。
俺がもしイケメンだったら、ここでぎゅっと抱き締めたりするんかもしれん。
「ツンデレの上に涙は勘弁してくれや」
俺は明後日を向いて、ぎこちなく彼女の頭を撫でるのが精一杯だった。
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