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もし、しんがどこかで俺のSNSを見ていたら。俺がお前の曲を舞台で歌ったことを、どこかで知ってくれたら。「何してんねん」って笑うんじゃないか。「ありがとう」って連絡がくるんじゃないか。
劇場の喫煙所でひたすら煙草を吸った。エゴサをして、スクロールを進める。ベースが俺のSNSを引用して、『僕らの歌をネタにしてくれました』と投稿していたのでいいねを押した。
とはいえ所詮、俺の影響力などミジンコだ。俺は仕事現場を利用して一体何をやってる。気色悪い男だ。
ぼーっと煙を吐いていたら、チーフマネージャーが入って来た。
「おお友清、いつからボケとツッコミ逆になったんや」
IQOSを咥えて笑う。「いやぁ」と曖昧に笑っていると、意外な話が飛び出た。
「俺も知ってるぞチェリポケ。うるる気の毒やったなぁ」
ふーっと煙を吐く。
「え! 気の毒て何すか!」
俺は思わず前のめりになる。
「え? お前友達なんちゃうんか? いや音楽会社の知り合いから聞いた話やと……」
俺は話が進むにつれ、返事もままならなくなった。耳の症状が悪化して、デビューの話は白紙になったこと。その数日後、閉じこもっていた漫画喫茶で自ら耳を切りつけ、病院に担ぎ込まれたこと。まだ自傷の恐れがあるので入院していること。
俺は灰皿に煙草を押し潰すと、病院に走った。
面会の許可が下り、病室の扉を開けた。しんは耳を覆うように額にぐるりと包帯を巻いて、ベッドに座り、窓の外の夜景を見ていた。
「しん」
声をかけたが反応がなく、肩を叩くとしんは振り向いた。
「友清さん」
驚いた後「そや友清さん」と、すぐにスマホを俺に見せた。
「歌うまいんや?」
しんは、ふにゃりと破顔する。客が撮ったさっきのネタの動画がSNSにアップされたという。『友清、歌うま』『いい歌w』とコメントも。
「おう、俺のFlyどやった?」
しんは、聞き取れないのか、きょとんと俺を見る。
俺はしんが、三万倍愛しくなった。
「なぁ、しん。俺がなんぼでもネタにしたるやんけ、お前の歌。早よ退院して観に来てくれや」
堪らず、しんをぎゅっと抱き寄せた。イケメンでもない俺が、おかしな話やけど。
〈完〉
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