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2.フローリスト・ヤマギワ
「どうしたの、勅使河原さん? ぼんやりして」
不意に声をかけられ、はっと我に返る。
「……すみません」
水を張ったシンクからハサミと芍薬の束を持った両手を出し、栞菜さんに謝った。
「そんなに謝らなくても。ハサミ持ったままぼんやりして危ないかなと思って声をかけただけだから。もしかして、結婚準備で疲れてる?」
「いえ」
二ヵ月前に婚約したばかりで、準備は本格化していない。両家への正式な報告もまだだ。とはいっても出会いはお見合いで、その後普通のお付き合いを経て婚約に至ったとはいえ、こうなることは両家の間では既定路線だったといえるのだが。
「すみません、集中します」
私は芍薬の水揚げ作業に戻った。
今日は月曜日。大量の花が入荷する日で、フローリスト・ヤマギワの六畳ほどの店内には、芍薬の他に牡丹、百合、スプレーバラ、カーネーションが入った段ボールが積み重なっている。十一時の開店までに急いで準備をしなくては。
私は芍薬をブリキのバケツに活けると、今度は牡丹の水揚げを始めた。
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