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003:神
少年の身体は暴力を受けた事により発熱していた。それでも、さらに情け容赦なく奴隷商の男の手に握られているムチが叩き付けられる。
「この、この、糞ガキが! ワシに、手間を、取らせおって!」
意識が混濁する中で少年は夢を見た。
地球という星の日本という平和な国の、そこの温かな家庭でごく普通に育った夢だ。
冴えない風貌と見た目で女性にこそ縁はなかったが、それでもそこそこ幸せだったように思う。そんな国で35歳までを生きた男は、ある冬の日の夕方に河川敷の側を散歩していた。その手には本屋で購入したばかりの異世界転生系チートハーレム物の小説が握られている。よほど好きなのだろう。彼の顔が緩んでいる。
「ぐふふ。やっぱり異世界ハーレムものだよな!」」
その日は昼過ぎまで雨が降っていて川は増水していたが、近づかなければ危険はないように思われた。しかし……
それは起きた。
川の上流で悲鳴が聞こえたような気がしたのだ。不審に思ったため、しばらく川の流れを見ていると子供が流されているのを発見。
「やや、アレは!」
男は迷わず飛び込んだ。普段から空想という名の予行演習をしていた為のとっさの判断。その考えに少女は助けられることとなる。
男は荒れる川を必死で泳ぐ。これまでの人生で、ここまで何かを頑張ったことはない。
それぐらい頑張った。
そして少女の元にたどり着き彼女を土手の上によじ登らせることに成功。
しかし男はそこで力尽きた。今にも水に沈みそうだ。それでも何とか這い上がれないかと頑張ろうとした所で、留めとばかりに上流から木が流れてきた。
「くそ!」
男はその一言を最後に、木に巻き込まれて水の底へと沈んでいったのだった。
夢。悪夢と言ってもいい。
大量の水が口の中を。または肺を蹂躙する悪夢。
苦しい……
そう思ったところで老人の声がした。
「そろそろいいじゃろう。起きなさい。レントや」
レントと今生の名を呼ばれて目が覚める。
「ふぉふぉ。久しいのぅ。元気じゃったか?」
記憶が前後していることに戸惑う。とりあえず今は眼の前の老人だ。老人に呼ばれた少年は彼へと視線を向けた。白ひげをたくわえた男が目の前に立っている。少年は老人を見上げた。
「……ここは?」
老人は何でもないことのように答える。
「まぁあの世と呼ばれるところじゃのう」
「ボクは死んだの?」
少年の当然の疑問。
「いんや。ここに来たのは約束を果たす時が来たからじゃなぁ」
「約束……?」
「そうじゃ。思い出せんか?」
そこまで言われて少年は思い出す。
「あぁいえ。思い出しました。子供を助けた勇気に免じて願いを叶えてくれるって……異世界転生にチート能力の約束」
「そうじゃ。約束の時間じゃ。十二歳になったお主に以前の記憶と特別な力を授けよう」
「ありがとうございます」
「うむ。しかしそれにしてもボロボロじゃな」
「ですね」
少年の身体は擦り傷だらけ。着ている服も粗末なもので、ひどい悪臭を放っていた。夢の中でもこれなのだから現実も相当なものなのだろう。
「ふむ。このままでは死んでしまうのぉ。どうする? 授けようと思っていた特別な力を頑健にすれば助かるが?」
少年は悩む。
悩んだ末に頷いた。
「はい。お願いします。死んでしまっては特別な力も何もないので……」
「うむ。あい分かった。せっかくじゃ。奴隷から解放もしてやろう……と思ったが必要なさそうじゃな」
少年が首を傾げると老人が言った。
「お主自身が足掻いて手繰り寄せた縁じゃ。大事にの」
意味は分からないが、まぁ必要ないというのなら無いのだろう。老人は続けて言った。
「以上で龍神川の神である儂にしてやれることは無くなった。より良く生きよ。ふふ。ハーレムをご希望とはな。人間の男というのはどうしてこう分かりやすいかね。まぁ頑張れ。それではな」
こうして神様との邂逅は終わった。今の少年にとっての現実へと帰る。そこには荒い呼吸を繰り返しながら愉悦で笑う奴隷商の顔があった。
「はぁ、はぁ、はぁ。どうじゃ! これが、ワシの、チカラじゃ。思い知ったか!」
そう言って少年に隷属の首輪を嵌めた。少年は俯き気味に引き立たされる。熱発した身体が怠いが、しかし『頑健』によりいずれは治るだろう。
さてさて。龍神様の言った縁とやらは何を意味するのか。
少年は朦朧とする意識の中で、手繰り寄せた縁とやらに思いを馳せるのだった。
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