1.

1/2
前へ
/13ページ
次へ

1.

──新都市暦二一三年  不意に、音もなく扉が開け放たれる。  流れ込む風の先で、華やいだ少女の心帯声音(M.ヴォイス)が広がった。 『ねえあなた、(わたくし)を雇いませんこと?』  ピアノ奏者が戸惑った表情で立ち上がる。心帯()声音()の主は迷うことなく柔らかな布靴を室内にすべらせると、貸し切られた小規模な演奏室の中、鑑賞席に一人座る男の前に立った。  灰青(アッシュブルー)の瞳に、金糸のような少女の髪が映りこむ。男は困ったような視線を彼女に向けた。 『申し訳ないけどお嬢さん(リトル・レディ)。今回、私が探しているのは子守ではないんだ』  丸く磨かれた月長石(ムーンストーン)のような心帯声音(M.ヴォイス)で伝えると、十代前半と見える少女は笑い混じりの鼻息をこぼした。 『ええ。社運を賭けた一大事業に、無名だけども有能な歌僕(バード)をお探しと聞いておりますわ。ユネイル社の社長、ユーロゥ・ユネイル様』  年に似合わぬ嫣然(えんぜん)とした笑みを浮かべると、少女は広げた右手を自身の胸に置いた。  緑柱石(エメラルド)の瞳が、強い輝きを帯びて男を見る。 『(わたくし)が歌って差し上げますわ、どんな歌でも、あなたの望むまま。だから、──私の主人になって一緒に世界を変えませんこと?』
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加