武人の誇り

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武人の誇り

屋敷の庭に出ている女は樹齢数十年ほどの木を前にして立っていた。 …………。 枝の葉がゆれている。 本日は弱い風がある。 …………。 …………師よ。 あなた様は…私から…どれほど、遠いところに立っておられるのですか。 ……私は…あなた様より…強くなれますでしょうか。 誤解なさらないでください。 出藍(しゅつらん)の誉(ほま)れ、というものはありません。 弟子は…師以上には、なれません。 生徒はその教師以上のものには、なれません。 私は……近付きたいのです。 弟子が師と同様にまでなれるのであれば…それだけでもう、十分だと思うのです。 私は…あなた様には遠く及びません。 しょう壌(じょう)の差、です。 剣を握ったとしても、槍を握ったとしても、素手で闘ったとしても…私にはあなた様ほどのちからはない。 この国の各地をまわり…実戦を幾度となく経験し…私は…それを悟りました。 師よ…あなた様ならば…一瞬で成し遂げられるようなことが、私には…とても困難で…毎度毎度、仲間に救ってもらうのであります。 師よ、あなた様は隻眼(せきがん)でいらっしゃいます。 しかし…斗南(となん)の一人(いちにん)であらせられます。 あなた様は両眼を持つ私よりも、すべてを見通しています。 …………。 私では…私では…できないのでしょうか? 愛する主(あるじ)を守護すること、国を乱す邪(よこしま)な者どもを駆逐すること、弱き者を助けること、それから…さらに強くなること、が。 …………。 風は女の問いに答えてはくれない。 自分の前にある木に触れていた女へ男の声が聞こえた。 「…シュテファニー君、ここにいたか。ローズマリー君がおいしそうなパンを焼き上げて、スープも作ってくれたぞ。まだ、他にも作っているよ。温かいうちに食べようじゃないか」 女は振り返った。 「ああ…申しわけありませぬ。オクソール様を伝言役に使うなど…。後ほど、叱っておきますゆえ……」 頭を下げる女へオクソール様、と呼ばれた男は首を左右に振った。 「はっはっはっ…。気にすることはないよ。彼女は今…手を離せないらしい。ちょっとでも、調理場を離れたら料理が黒焦げになってしまうんだ。それに…私は隠遁(いんとん)している身だ。君たちもそんなにかしこまる必要はないさ」 オクソールは話しながら、庭に出てきた。 「すみませぬ。ローズにはほんの僅かでも褒められると、その気になってしまう悪い癖があるのです。私があなたは料理が上手と、あいつへ言うたばかりに…」 シュテファニーが述べるや、オクソールは微笑んだ。 「いやいや、いいんだよ。現に上手だしね。私もそんなところがある。……武術の稽古(けいこ)でも、していたのかい?」 「いえ、いえ……我が師のことを思い返しておりました……」 シュテファニーは正直に言った。 「ふぅん……剣を持って…誰かと向きあって…剣術の訓練を行うのは、士官学校からなのかな?……私は士官学校を出ていないんだよ。幼かった時分に武士(もののふ)だった父から戦い方をたたきこまれたんだ。騎士と認められてからも…戦場だけが、それこそが私らの学び舎(や)だった。私らの世代は、そういうやつがごろごろしている。戦友は一人、また一人と…減っていく。教授役は…戦場での味方か、もしくは敵兵だけさ。…強いやつ、あとは運の良いやつが生き残ってゆく。敵味方問わず、私らは相手から学んで、自身を強化して戦ってきた。……領土、いや国を守りたいと…みんなで協力しあって、隣国の兵士を倒していった。ティワズのやつとも、そうして出会った。…お亡くなりになられた国王様からあの剣を賜(たまわ)ったときの感激は、決して忘れはしない。……どうして、だろう。こんな話をしてしまうとは。同じ…武人だからなのかな?はっはっはっはっはっはっ…」 オクソールは笑い声を上げたが、シュテファニーは真面目な顔で返した。 「…大変うれしゅう存じます。百戦錬磨(ひゃくせんれんま)のオクソール様から、そのようにおっしゃっていただけるとは。我が騎士道に誤りはひとつもない、という証となるのです。真にありがたき、お言葉でありまする」 「はっはっはっはっ…。当時、シュテファニー君みたいな騎士がいたら、今は亡き国王様もさぞ、お喜びになられたことだろう。そうだ…シュテファニー君。私と手合わせしてみないかね?」 オクソールの提案にシュテファニーは目をぱちくりさせた。 「わ…私ごときが…オクソール様と、対戦など……」 「剣と盾を装備しての軽いものだよ。剣技は危ないから、剣術だけでやろう。…どうだい?」オクソールはあごのひげをなでた。 「は…はいッ!!ぜひにお願いいたしますッ!!」 シュテファニーは子供のような瞳になった。 「よし。それなら、ローズマリー君の手料理を楽しんだ後で……この庭の向こう側にある林の近くでやるとしようか」オクソールは言い、笑顔の戻ったシュテファニーは「了解しました!」と返事をした。 にこやかな二人の武人は庭から屋敷の中へ入っていった。
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