ものすごい才能

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ものすごい才能

倒れ込んだ女騎士は地面に両手をつき、頭を深々と下げた。 「ままま、参りました……」 鎧姿の男は笑った。 「はっはっはっはっはっ…。シュテファニー君もなかなかだよ。…見たまえ、この盾が傷だらけだ。斬撃のひとつひとつにしっかりと信念が込められている。私よりもはるかに才覚がある」 立ち上がった女騎士はもじもじしながら、拾いあげた剣を腰の鞘へおさめた。 「お…おやめくだされ…私など、まだまだです…」 「はっはっはっはっ…。私の技は荒削りさ。…ティワズのやつもそうだったが。おおっと…ユリウス君がいないので、口を滑らせてしまった」 にこにこする男は威風堂々たる剣を鞘へおさめた。 「…オクソール様は、どのように剣技を修得なさったのですか?」 シュテファニー君、と呼ばれた女騎士は男に近寄った。 「独学で修めたものもあるし…ティワズに教えてもらったものもある。ただ…やつから習った技は、私の戦い方には合わなくて。使わないままになってしまったなぁ……」 オクソール様、と呼ばれた男は流れてきた汗をぬぐいとった。 「…ティワズのやつは剣技で敵を倒すよりは、敵兵一人ひとりを斬り伏せるのが上手でね。…私は違うだろう?強力な剣技で相手をふっとばす。これが…私のやり方さ」 オクソールは笑みを浮かべたまま、片腕に固定されていた盾をはずした。 「わかりまする。私もそれが好みです」 シュテファニーが言うと、オクソールは笑った。 「気が合うね…はっはっはっ……でさ、ティワズは…人になにか教えるのが、下手で下手で。…私もやつのことは言えんが。……剣技と剣術の教師ができる者をやつは探していたんだ。…自分で覚えるのと、自分が知ってることを誰かに教えるのとはぜんぜん違う。……教えるってのは、ものすごい才能が要るものなのさ」 盾を片手で持ったオクソールは歩き出した。 「…………。そうで……すね……」 シュテファニーは自身の師を思った。 たしかに……自分は剣技を使えるが、他者へは教えられない……。 そもそも、どのように教えるといいのか、わからない……。 …………師よ…………あなた様は、どれほどの御方だったのでありましょうか……。 地面から突き出している岩へ立て掛けていた盾をつかんだシュテファニーにオクソールは述べた 「……私らの頃はそうではなかったが、今は騎士団へ入るんなら、士官学校を出てからってことになってる。…国からしたら、騎士団は民間軍事会社の扱いなんだよ。無くなった国軍に入るのに、士官学校は関係なかった。…私はあんまり、国軍が好きじゃないんだ。……君はよーく知ってるだろうけど、剣技と剣術は違う。私は初め、同じものだと思ってた。……剣技は剣を振るって繰り出す技だけど、剣術は対峙した相手を刃物で実際に斬るための術(すべ)。…私はズバン、と一撃で敵をやりたい性分でね。……そういえば、シュテファニー君に剣技を教えてくれた人って、誰だい?まさか、独学?」 「……あ、は、はい。ジークルーン・シュテルン様に教わりました。私の生涯の恩師であります」 シュテファニーは顔を上げた。 「……ジークルーン…か。ジークルーン…ジークルーン…シュテルン…。聞いたことがない名だな。大抵の腕が立つ兵(つわもの)なら…その通り名は私の耳へと入ってくるものだが。…そうか、そういう…武人もいたのか。この国に…」 首をひねりながら、オクソールは歩いた。 「はい。…師は騎士団の教官を務めておりました」 シュテファニーはオクソールの後について歩いた。 「……そうなのか。…うむ、うむ。この国は広いから……」 オクソールは何度もうなずいた。 鳥の鳴き声が響いた。 「お……」オクソールは立ち止まり、振り向いた。 「はッ」直立不動のシュテファニーにオクソールは笑顔になった。 「ユリウス君のことだけど…。彼、元気がないんだ。連戦のためだろう。…君がユリウス君を励ましてやってほしい。私やエーファ君、ローズマリー君ではできないことだよ」 シュテファニーはじわじわと赤面していった。 「……えッ、え!?わ…私が…えっと…ユーリを…。オ、オ…オクソールさま!??と、唐突に…。ユーリのこと…をを…」 相手の様子を見た男は大きく笑った。 「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ…。余計なことを言ってしまったかな?…そんなにびっくりしないでくれ。夫婦なのだから…君とユリウス君は。まぁ…彼のこと、頼んだよ。シュテファニー君が彼を支えてやってくれたまえ。…男は弱いんだ。女が考えているよりもずっと。私も妻に先立たれてしまった際は…それはもう大変なことになってしまった。ほとんど、気がどうかしてしまっていた。だから…頼んだよ、シュテファニー君。はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ…」 「りょりょりょりょ、りょ、了解であり、ありまするうぅ…おおお、おまかせ、くだされっ……」 シュテファニーは顔を真っ赤にした。 二人は歩いていった。 また、鳥が鳴いた。 風が吹いて、近くの林は静かにゆれた。
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