男の苦悩を溶かす女(2)

1/1
前へ
/150ページ
次へ

男の苦悩を溶かす女(2)

愛妻を抱きしめたユリウスは続けた。 「……あと……悪魔に変身した上の兄が……私が父上を殺したのだ、とかそんなこと、言ってた。これもどうなのか……。…上の兄と……父上の間に何があったのか、父上と上の兄との関係が本当はどんなものだったのかを…僕はまったく知らない。悪魔に身体を操られて僕らへ襲いかかってきて、最期は僕らを助けてくれた…下の兄も教えてはくれなかった。けど……だからといって…自分の父親を殺さなくても…いい、と思う。…どうして、そんな非道なことができるんだろう。……さあ、やれ!と誰かに命じられても…僕にはできない。…そんなこと、できないのが普通なんだと、僕には思えてならない。…………はぁ……。……僕にも…上の兄と同じ血が流れている、と思うたび……もう、イヤで、イヤで…。どうしようもなくなって…」 大きく息を吐いてから、さらにユリウスは続けた。 「……上の兄も下の兄も死んだ。僕はこの手で…悪魔となった兄を倒した。…僕は兄と同じだ。肉親を殺した、という意味では兄と僕は同罪なんだなって。……僕はまだ生きている。僕が生きている限り、同じ血は生きている……残っている。それが、とてもイヤに感じて……。悪魔を許せない。ただし、こうやって憎しみや怒りを心に宿せば宿すほど、悪魔に栄養を与えることになってしまう。…兄から姿を変えた悪魔が言ってた。感じるぞ…お前の心を…そうだ、恨め、怒(いか)れ、殺意を抱け……ワシらはそれを吸う、ワシらの糧(かて)となる…と。……はぁ……もう…腹が立つことばかり。…ファルケンハウゼン家は、おしまいだ。でもそれはそれで、いい。こんなに血に飢えた、呪われた血筋は絶えた方がいいんだ。…………ファニーには悪いこと、したね。僕と一緒になったから、無関係とはいえない立場になってしまった。…………元気がなく見えたのは、そんなことばかりを僕が思い巡らせていたから…で!!…あ、あっ、あら?ファニー……!??」 ユリウスが見るとシュテファニーは両目に涙をためて、泣き出すのをこらえていた。 「ユ…ユーリッ!!お、おおお主は…正常であるぅッ!!かか、奸知(かんち)にたけた悪魔の言(げん)であるし、事実であるかどうかの確認のしようはないがぁ、狂うておるのは、ユーリの兄上であってぇ…主殿自身は…まっとう、であるぅッ!!…れ、令兄(れいけい)とユーリは別人なのであってぇ、血のつながりなどは、気にせんでいいぃッ!わわわ私は何も気にしとらん!!私が愛したのは、ユーリなんじゃから!…すまぬ、す、すまんかったぁ……。お主の気持ちに感付かんでえぇぇッ!!」 「…………ファニー…………」 ユリウスはシュテファニーを抱いた。 知っているいい匂いがした。 ユリウス「……僕の家のことで泣いてくれるの…?……やさしいな。僕の大切な人は…素晴らしい……」 シュテファニー「ユーリ〜〜〜ッ。…わ、私、私…鈍感なのじゃッ。料理も掃除も家事もうまくできんし……そんな私が…私は、すす、す、素晴らしいにょ?」 ユリウス「はい。……大好き…だよ……ファニーがいい……」 シュテファニー「ぁ……ユーリ……んん……」 ぎゅっと二人は抱きしめあった。 屋敷の外からは小鳥の声がしてくる。 シュテファニー「もっと……感情を表に出してもよいんじゃ……私はユーリがいるから、できるようになれたの……」 ユリウス「…………情は……抑えるように、押し殺すようにって……躾(しつ)けられたんだ……」 シュテファニー「……うん。わかるぞよ」 ユリウス「泣いてはいけないって……周りから、言われてきて……」 シュテファニー「悪(あ)しき教えじゃ。人間が、人間らしさを失うように仕向けとるのだ。そんな人間は悪魔にとって、格好の餌食(えじき)になってまう……」 ユリウス「…………まったくその通り……仕組まれてる」 すぐに泣き止んだシュテファニーへユリウスが言った。 「……僕のために…無理をして…裸エプロン?そんな姿はしなくても、いいんだよ。僕は…ファニーと一緒にいれるだけで……」 「……あ、あのね、ユーリ。全然、無理はしていないぞよ。私…この…裸エプロンは気に入っておるん。…手足を拘束する形状ではなく、動きやすい。…ユーリ、お主はよくよく知っておろうが…私はフリルの付いている衣服が幼き頃より、好みであって…。これはその、フリル付きだし。さらにこの衣は仮に汚れてしまっても、洗うとすぐに乾燥する布で作られとるのだ。…また、このひもでしか身体へ固定されておらず、着脱も容易なうえ、主殿を喜ばせることすら可能で…。これはこれは大変秀逸な能力を誇る一品だと、感心しておるしだいなのじゃ」 可愛い顔で愛妻が言うのを聞いたユリウスは久しぶりに大声で笑った。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加