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迷いと本質
「……あッ…あ…。……。ファ、ファニー、ちょっと……」
「んーんーんー何じゃ?ユーリ?」
「そ、そんなに…くっつかないでよ…」
「えぇええ……。き、ききき、騎士である私は主殿へ密着してはいかんの……?」
「い、いえ、あの…ここ…坂になってるから…歩きにくいんだ…」
「……んん〜。そ〜じゃの〜。転ぶときは共に転ぼうではないか〜」
「…それは……避けたいところだなぁ〜〜」
「なんでじゃ、なんでじゃ〜〜、こんなに好きなのに〜〜」
「…………」
わたしは二人の後ろを歩いていた。
「あーー、また、やってるよ〜。ファニー…近頃…度が過ぎてきたんじゃない?」って…ローズがいたら、言うだろうな。
……自分がかなえられない夢を…ファニーが代わりにかなえてくれた、と考えれば…心の平穏は得られるはずなのだけれど。
……………………。
…どうして…わたし…お兄ちゃんを…思い出すのだろう……。
いつだって、そう…。
やさしかった…お兄ちゃんの記憶を…たぐり寄せる…。
…………。
…どうして、なのかな…。
「…………」
「…ローズさん、一人でさびしいかな?」
「そんなことはないぞ、ユーリ。一人でおっても…にたにた笑っとるはずじゃ」
「……ローズさん、明るいもんな〜」
「その通りじゃ。私もそれについては驚くばかりだぞよ」
「ええ」
「一つだけ…一つだけではあるが、暗愚(あんぐ)なあいつにも評価に値すべき点はある。…ローズのつくる料理は美味であろう?ユーリ、エーファ」
「うん。ローズさんの作ってくれるパンも、スープもおいしい」
「……」
「私も全く同感であるのじゃ。私はあいつが調理する横にいて、こう思った。…口惜しい、とな。…私だって、私だって…訓練を積めば…手料理の一つや二つ、できるやもしれぬ。ユーリへ…愛妻弁当を…渡せる、かも…しれぬではないか…」
「あ、い、さい?べん、と…う?」
「東国では古来から伝わる文化なんじゃ。……ユーリ…私のこしらえた…弁当…食べたくはないの…?」
「…た、たべたい、たべたいよ」
「そ〜じゃろう、そ〜じゃろうとも。…少しばかり…待っていてくれたまえ、主殿よ。そのうちに私がローズから……うぅむ、な、習って、お主へ美味なものを贈ろうではないか。…あいつに教えを乞(こ)うのは、私の誇りが傷つけられやしないかと多少、気にかかるがのぅ」
「あははははは…誇りは大丈夫だよ。僕は…ファニーのつくった料理、食べるの楽しみにしてる〜」
「ユーリ、待ってておくれ……必ず、できるようになるから、私!」
「あっはっは……うんうんうん」
「…………」
「そう?そう?…エーファ、あなた、しばらく黙りこくっておるが、歯痛でもあるん?」
「……ううん、別にそうではないけれど……」
シュテファニーの問いかけにわたしは首を左右に振った。
「エーファさんはもの静かなんだよ。そんなエーファさんを僕は尊敬しているんだ」
「……」
……ユリさんの言葉にわたしは困ってしまった。
…………どうして、そんなことを言うのだろう。
胸の奥から、じわじわとなにかが広がっていく。
シュテファニーが言った。
「ユーリん、優しいんじゃから…。私にも……そうじゃし。エーファやローズにも…。……おぉ、ユーリよ。私の主(あるじ)よ!…エーファ、お前も主殿につかまってもよいぞ。坂道は危険じゃて。今回に限っては、私が特別に許してやろう」
「いや…わたしは…。二人の邪魔する気はないよ」
わたしは笑って返答したが、ユリさんはわたしの手を握ってきた。
「……僕を離さないで……あなたが必要なんだ」
にっこりしたユリさんにわたしは「…うん。わかってる」と、微笑み返した。
「おお、なんと私は幸せなのか。このような…御方が…私の主、我が夫であるとは!!」
…シュテファニーは人柄が丸くなった。
ユリさんはわたしの決意をゆるがしていた。
切なくてどうすればいいのかと迷ったわたしは、針で何度もどこかを刺されている自分そっくりの人形を思い浮かべることにした。
自分など、ここにはいない、この気持ちは自分のものではない、と思い込みたかったのだ。
自らを偽っているわたしにしてみると、嫌われているならまだしも、好かれているというのなら、その方がよほどつらい。
そのように決めつけながらも、わたしの手にはユリさんの手のぬくもりが感じられた。
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