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本音の女たち(3)
「「…………」」
ローズマリーとエーファは黙ってシュテファニーを見つめた。
ぽたりと落ちた有色の液体がじわじわと白紙へ染み込んで広がってゆくようにシュテファニーの泣き声は店内に響いていった。
それほど騒がしくない店だったため、三人の女が囲んでいるテーブルの近くから客は逃げ始めた。
大声も恐ろしかったし、じっとりとした泣き声を聞いているのも気が滅入ったためだろう。
エーファはひそかに店内を見回した。
座って食事をとっていた客たちはそそくさと立つや会計をすませて、こぢんまりとした店から出ていくようだった。
しばらくすると客たちは、店内からいなくなってしまった。
数名の店員たちは困り果て、先ほどこちらまで歩いてきた店長らしき男は店の出入口で立ち尽くしている。
…………。
ああ…………もう…この店には来られないな…と、エーファが思っていたら、次はローズマリーが声を張り上げた。
「そそそ、そこまで言うんなら、いい、言わせてもらうけどーッ!!!…ファニーはユリしゃんにいつもべったりしてて…エーファは男の人に興味ないの一点張りだしぃ…あたしの、あたしの気持ちは、どうなるのよぉぉぉーッ!!あ、あたしだって…恋人が欲しいの!!戦うだけじゃなくて…恋をしてみたいんだって、ばぁぁーッ!二人に…あたしの何がわかるのさ!?何を知っているのさ!?こんな、こんなっ、ぁ、あたしにだって、あたしにだってぇ…かなえたい…ゆ、ゆめが…ある、んだ…ッ…ッ…からぁ…ウッゥゥ…ッ…ァッ…ぁぁあ〜〜〜」
大粒の涙をぼとぼととこぼす、隣の女の様子を見たエーファは大きく息を吐いた。
「……。ゆめ…?ゆめ、と言うたか?」
シュテファニーはぼそっととつぶやき、顔を上げた。
「…そのゆめとやらをここで言うてみよ!!いつから、お前は売女(ばいた)になったのだ!!…騎士としてどころか、人としての尊厳すら忘失しおって!!この…香水を使う、というのは…そういうことであろうに!!!…違うか!?この、淫女(いんじょ)がッ!!」
コンッと、シュテファニーは小ビンをテーブルへ置いた。
「ち、ちがう〜〜〜!!違うってばぁぁッ!!ウッウゥ…ッ…ゥゥ…ひっどーいぃ…どーして、どーして、そんなふうにぃ言うのさッ!だ、だいたい…ッ…あたしが、あたしのルルをどう使おうとッ…勝手ぇ…でしょ〜!!…おせっかいの、わからず屋〜〜ッ!!!」ローズマリーは泣きわめいた。
「あたしのルルだと!?笑わせるでないわ!お前が…そう考えているだけ、ではないのか!?…どこにある!?お前の名が刻印されとるルル金貨は!!…これは自分の物、それはあなたの物と一方的に思い込んでおったのなら…お前は満足なのだろうに。お前は、それだけで一生が終わるのだ。なんと…さもしい性根(しょうね)の持ち主であろうことか…」
腕で涙をしっかりとぬぐい取ったシュテファニーが言い放った。
「い、いいでしょ〜!!いいじゃないのぉ〜〜!!人って、思い込みだけで出来上がってるんだからさ!!…そーでしょ!?あたし…何か間違ったこと言ってるの!?ねぇッ、ねぇってばッ!?」
ローズマリーは泣き叫んでから、二人の女を交互ににらんだ。
「……正邪の判断もまともにつけられん、お前が言うべきことではないわ。この、汚らわしき、狂人が…」
シュテファニーはむすっとしたまま、そっぽを向いた。
「……」
エーファは黙り、自身の前にある料理を食べていた。
幼少期の経験からか、エーファは争乱の渦中で食べたり、眠ったりすることに慣れきっていた。
彼女の感覚は麻痺してしまっていた、といってもいい。
家具の一部や食器の破片や丸められた衣服が頭上を飛び交わないだけでも、はるかにましな状況ではないか。
黙ったままのエーファはそっぽを向いたままのシュテファニーと「…ど〜して、しゃべらないのッ!!ふ、二人してぇ…ゥウ…ッ…ウウ、アッ…ああ…ッ…ぅぅうう〜〜〜」と叫んだ後に、再び泣き出すローズマリーを見た。
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