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透き通る自己(1)
ドーンッという音が空で鳴った。
美しい模様が広がる。
女は言った。
「ファニーも変わったよね〜」
夜空を見上げているもう一人の女はうなずき、言葉を返した。
「たしかに…。月並みな言い方をすると、明るくなった。あと……よく笑うようにもなった」
初めに発言した女は紅のドレスを着ている。
うなずいて返答した女は黒のドレスを着ていた。
二人の女は両方とも細いベルトを腰に巻いており、それに黒色で革製の小物入れを付け、さらに拳銃を下げている。
店内も店外も人々は楽しそうだった。
歌ったり、踊ったりしている。
本日は町のお祭りなのだ。
紅のドレスの女は、はぁっと息を吐いて不満そうに言った。
「…こんな魅力的な姿をさらしているにもかかわらず…どーして、あたしに誰も声かけないのさ!?今日は貿易祭でしょう?いろんな人が町にはあふれているはず!けーどー、誰もあたしを誘ってはこない。…どうして、エーファばかりが…ナンパされちゃうのかしら?ねえ?どー思う?」
つまらなそうな女に比べて、エーファと呼ばれた女は落ち着いていた。
「…何でなのかな?色が違うだけで…ドレス自体は同じ、なのでしょう?」
「同じだよ。二色セットだと、二割引きっていうのにひかれて…こっちとその黒いのを二つ買っちゃったけどさ…。そしたら…あたしのお財布、空っぽになっちゃって…。ま…それはそうとして…どーして、ついてきただけのエーファの方が、男の人の目をひきつけるの?あたしって…魅力ないのぉ?」
紅のドレスの女はふくれている。
「…ローズに魅力がないのではない、と思う。……女もいろいろ、男もいろいろ、人はいろいろ…だもの」エーファは述べた。
ローズと呼ばれた女はあーあー、と言い、ほおづえをついた。
「……あたしが黒い方着たら、良かったのかなぁ?朝早くに店に行って、髪もセットしてきて…。あたし、本気で用意してきたのに……。エーファはいつもどおりの髪のまま…なのに…。さっきの人でもう…今日は17人目、だよ…。その都度、その都度…あたしに興味をもってくれたぁ〜って…思って、ドキドキすると…いえ、あなたではなく…そちらの黒いドレスの女性ですよとか、いんや、あんたじゃねーよ、そっちのねーちゃんさーとか…。何がどうなってるワケ〜!?…はぁ、エーファ…あたしに気つかって…男の人と一緒に行かないの?…いいんだよーー。気にしないでぇもぉ〜〜。今度、誘われたら…ついて行きなよーーッ!」
エーファはやんわり返した。
「…いいえ。元々、そんな気ないもの。ここまでやって来て…あなたに万が一のことがあったら、困るから。…わたしは保護者役として、そばにいるだけだよ」
「……あんがと。無理にドレス着せちゃって…ゴメンね」
ローズマリーは謝った。
「……ううん」
小さな声でエーファが言う。
ローズマリーは彼女を見た。
エーファは首を曲げて店の外を歩く人々を見つめた。
店の窓を通して、男女や親子連れ、老夫婦に子供、大人などがぞろぞろと歩いてゆくのが見える。
いつもと変わらず冷めた目をした友人をローズマリーは見ていた。
一緒にいて、いろいろと感心する友人ではある。
……こんなに大好きで……知りたい、と思いつつも…彼女の心の奥底をさぐることは…いつまでたってもできないままだ。
「…念のために拳銃を携帯したのは、適切な判断だったね」
エーファが正面を向いたため、ローズマリーは目をそらした。
「…たくさんの人で町全体がにぎわっているよ。…危ない人たちも多い、と思う。ここへ寄ってみたら…お祭りの初日だったのには、驚いたけれど」
エーファは長くなってきた前髪を自らの耳へかけた。
「……はぁ〜…」
しっかりと気品を隠す友人にローズマリーは再び、ため息をついた。
…………。
あたし…何やっているんだろう。
衝動買いしたドレス着て、化粧して、髪まで店の人にセットしてもらって…。
ファニーがいないから、羽を伸ばそうと意気込んだはいいものの。
……悔しいじゃない。
ファニーはユリしゃんとべたべたしていてさ…。
この…お祭りの間に…あたしもステキな人と出会えたら……なんて…幸せなのかしら……って……。
…………。
…………。
はあ……。
今日でお祭りはおしまいだし、声をかけられるのはエーファばかりで……。
……………………。
あたし、何もかも、失敗してる…。
…………。
エーファがいてくれなかったとしたら、あたしは……ウルリヒさんが…死んじゃった時点で…王都に帰っているだろうな……。
父ちゃんと母ちゃんの手伝いしてたかも、しれない。
マリーと一緒になって粉ひいてたりとか……。
少なくとも…ファニーとユリしゃんの婚礼式には、同席していなかっただろうな。
それどころか…どーでもいいことで喧嘩して…ファニーに叩き斬られていたかもしんない。
ファニー……ユリしゃんと出会う前は…マジメすぎたし……。
……恋って…人を変えるものなのか…な…。
わからないのが…何よりもつらい、よ……。
半透明の器に入れられた抹茶色の飲みものをすするエーファをこっそり見ながら、さらにローズマリーは思った。
……あたしが渡した黒いドレス、エーファ…よく着こなしているよな。
…ドレスの中身も…とても、美しいんだけどね。
ファニーは文官の娘だけど……エーファは……没落しちゃった貴族だったかな……生まれが……。
あ…………あたしは…何なのだろうか?
…………小麦粉屋の娘の一人?
……や…やめ、やめ。
か、悲しくなってくる…。
二人と比べたら、あたし…む、むなしすぎる…。
…たしかに…たしかに…エーファの寝顔は可愛いんだけれど…。
ファニーも…それなりに…可愛いし…。
い…いや、いや、可愛いのは今、関係ないじゃない。
あ、あたしは……こんなドレス着て…男の人が来るの待ってて…名前忘れた、あの香水もたっぷりつけて……。
……………………。
なんて、ことしてるの、あたしってば…。
これじゃ……ファニーに怒られても、仕方ないよ……。
「…何、考えてるの?」
エーファはローズマリーに聞いてみた。
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