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透き通る自己(2)
「…え!?あ、あぁ。…今日で…お祭りは終わり、だな〜って…そんなところ…を…」ローズマリーは座り直した。
「…ふーん…そうなの?」エーファは飲み終えた器をテーブルに置いた。
「……この、革のやつ。ベルトも…ドレスにピッタリだね。どこで買った品?」
ローズマリーは腰にある長方形型の小物入れに触った。
「それはね…中古品市場。ベルトとそれで…880ルル。二つしか無くて…二個とも買ってくれるんなら、100ルルまけてやるよと…市場のおじさんが言ってくれたの」
エーファの説明に「買い物上手だね……」と、ローズマリーは感服した。
…………このドレスは…一着、28600ルルで…二着で…57200ルルで…それから…二割引いて……あーあ、やめよ、やめよ!ばっかばっかし〜ッ!!!
「…ベルトの造りが丈夫だし、小物入れ自体もしっかりしたものだったから…一つのベルトに二つの小物入れを通して、左右の腰に付けておこうと考えたの。拳銃の弾丸や消耗品などの収納にちょうどいいでしょう?」
エーファは友人へ補足説明を行った。
「……だね」
ローズマリーは答えてから、自らの前に置いてあった飲みものを一気に飲み干した。
熱かった茶もとっくに冷めてしまっている。
コンッと半透明の器をテーブルの上へ置いたローズマリーは、やるせない表情で言った。
「…宿屋に帰ろうか。もう暗くなってきた。お祭りの花火は宿の方から見よう」
エーファは首を縦に振った。
「いいよ。花火は予定通り、あがるよ。この天気なら…」
二人は椅子から立ち上がった。
宿屋へ戻った二人は宿泊している部屋の窓まで近寄った。
「道が通行人でごった返してて…こんなにかかるとは思ってなかった。もう…始まっちゃうよ…」
ローズマリーは言い、海の方角に目をやった。
エーファは自分が持っていたバッグやローズマリーが放り投げたバッグをベッドの近くへ置くと、窓の前まで来た。
無言の二人の前に大きな花が咲いた。
バーンッという音が夜空にとどろく。
きらきらする花火の何色もの色にローズマリーは童心に返って、はしゃいだ。
エーファもにっこりした。
これだから、彼女といるのは気が楽なのだ。
しばらく、そのまま空を見上げていた二人はどうでもよいことや、大事なことを話し始めた。
内戦のこと、騎士団のこと、最近の流行の品、歌や曲、好物、などなど……。
話題がユリウスとシュテファニーのことへ転じると、ローズマリーは先の言葉を述べて、エーファは同意を示した。
腰のベルトを外しつつ、ローズマリーが言った。
「…ユリしゃんと出会う前のファニーは…気が立ってた。警備任務を命じられてから…ずっと、さ……」
エーファは相手が手渡してきたベルトや拳銃を受け取り、言葉を返した。
「…ファニーの性格なら、そうなる。不器用で、生真面目で、一途(いちず)で、素朴で、純情な人だもの」
「…ね〜。アンやあたしみたいに…息抜きできなくて、かたくなってばっかりでさ…。あんなのと四六時中行動してたら…こっちが精神的に参っちゃうってぇ」
ローズマリーは背もたれ付きの椅子へ寄りかかって述べた。
「…屋敷から…ユリア様が誘拐されて、そのユリア様を救助するために…古城まで行ったでしょう?任務を優先しようとして、ファニー……ユリしゃんと目を合わせないように頑張っててさ…。すぐにでも、好きな人に抱きついていきたいって、顔に書いてあって…あれは…もう、見てられなかった…」
「…覚えてる。…城まで進んで…悪魔に変身した司教を倒した後…ファニー、ユリさんの手をいつまでも握っていたもの。…悪魔と一体化した人間を殺めたこと、悪魔自体が本当に存在したこと、セイファン教会の重要人物の一人を殺害してしまったこと、ユリア様がさらにどこかへ移動させられてしまったこと、王都へ戻るにしても困難な状況へ陥ってしまったこと…その他、たくさんの事柄が重なって…ファニー自身…混乱してしまっていたのね。そこに…ファニー同様、困り果てた大好きなユリさんがいる。…くっついちゃうよ、自然に。似た者同士、なのだから…」
エーファは述べ、自らの腰からベルトを外した。
「似た者同士…?ユリしゃんとファニーが…?」
ローズマリーが問うと、エーファは答えた。
「ええ。…ファニーは…本来、おっとりとした性質なんだよ。しかし、ご両親…というよりは、母親からの教育や期待に応えようとして…彼女はひたすらに武術の特訓を積んできた。自分が女であることすら、否定して…武士(もののふ)、武人、戦士として、幼い頃から過ごしてきた。つまり、自分を偽って生きてきたの。……見たでしょう、ローズも。ファニーの生家へ行った際に、彼女の自室を。……なんと形容するといいのやら、女の子っぽい部屋で…。ベッドも机も家具も……。けれど…ドア一枚でつながっている隣室には、武器や防具がぎっしりと格納されていて。…どちらが真のファニーの姿なのかは…あえて、言うまでもない。……そして、この彼女の資質はユリさんのそれとも共通点を見出せる。ユリさん自身…ファニーと同様に、生来の自分を…思う存分に表面には出せず、日々を生きてきた。これに関しては…これまでのユリさんの言動を証しとしてよいでしょう」
エーファは続けた。
「…ユリさんが基本的には、のほほんとした性格だという点は…おっとりとしたファニーと符合(ふごう)する。互いの有する資性が合致するのね。したがって…ユリさんとファニーは鏡に映った己の姿を愛しく感じ、結ばれたということ。二人は…ねじれていた自己を修復し、自分で自分を好きになれたのよ。これは…二人の様子の変化から、うかがえる。ファニーに焦点を絞ると……定期的に彼女は神経が高ぶっていた。騎士団、いや…士官学校に在籍していた頃から、そうだった。……そうなったとき、彼女には武器防具を必要以上に磨くという癖があった。まるで自分の汚れを取り除くみたいに。…彼女は邪霊にでも、とり憑かれているのかと思える目付きになって、武器防具に向かっていた。……気を紛らわせたかったのでしょう。女としての自分が…つらくて、つらくて。ここで重要なのは、ユリさんと出会ってから…ファニーはそのような行為を一切しなくなった、という点だよ。ファニー自身、認識しているかどうかには関わらず…」
バーンッという音が夜空で鳴った。
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