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謁見の間に呼び出されて、リュヌは艶のあるため息をついた。
それだけで部屋がざわつく。近衛や王の側近たちが顔を赤くしてリュヌを見つめてくる。最近はこんなことばかりだし、気にする余裕もない。
――ひと晩の家出をして以来、リュヌの意識は遥か彼方に飛んでいる。
「リュヌ、サンディの王太子はお前がお手付きでも構わないと寛大な心で受け入れてくれた。まったく……運の良いやつだ」
「…………」
なにも嬉しくない。よりにもよって……人間の王子なんて。
人間への偏見はなくなったものの、リュヌが求める人はただひとり。どんな人種だろうと、あの人以外は全員どうでもいいのだ。
リュヌはナージに抱かれたあと、衝撃で放心している間に身体を洗われ、手配してくれた馬車に乗せられた。(信じられな……いや信じるけど。……え、ほんとに?)と自問自答しているあいだに、気づけば王宮に帰っていた。なんとも手際の良いことだ。
王族に近い近衛と使用人のみで密かに捜索されていたリュヌは正面から家に戻り、素直に謝った。もちろんそれだけでは終わらず、鼻の利く獣人によって男に抱かれたことまでばっちりバレて大目玉をくらった。
リュヌは知らなかったが、処女であるかどうかは男でもわかるものらしい。人間は特に、そういったことに敏いようだ。
でもそれだけ。誰に何と言われようとも、自分の行動を後悔したり反省する気にはなれない。
あの日行動していなかったら、サンディの王子に嫁入りしてもがっかりせずに済んだかもしれない。意外に王太子もがっしりと逞しい人で、顔も濃くて格好いいかも。リュヌの我がままにも困ったように笑いながら応じてくれて、性格も可愛いと言ってくれたかも。
あわよくば褐色の肌に濡羽色の髪、けぶるようなグレーの瞳を持っているといい。あの瞳に自分が映るだけで夢見心地になれるだろう。
……全て、リュヌの理想はナージになってしまった。ナージに出会う前へ戻りたいとは思わない。あの時間は奇跡のように幸せで、初めて自分を認めてもらえ、愛されたひとときだった。
処女を捨てることだけを目的に意気込んで行動したけど、あの人に処女を捧げられてよかったと心の底から思う。
他国の王子がこんな腑抜けたリュヌを嫁にとりたいと望むのなら、好きにすればいい。失礼のない態度を心がけるけれど、リュヌの初恋は、心は、ナージのものだ。
まぁきっと、ナージはそんな重いものいらないだろうな。
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