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父王の尾が苛立たしげに振られる。やっぱりこの人は苦手だ。
「全く……好き勝手やってくれたな。ここまで大事に育ててきてやったのに、恩を仇で返すようなことを」
「もうしわけ……」
「その件は不問と言ったはずだが?」
感情を押し殺して謝罪を重ねようとしたときだった。聞き覚えのある声に耳がピンと反応し、戸惑う。こんなところにいるはずがないのに……リュヌが聞き間違えるはずもない。
「おぉ、ナージ王太子ではないですか!た……確かいらっしゃるのは三日後では?」
「なに、我が伴侶となる男が育った環境を見ておきたくてな。この国と、王宮と。しかと見せてもらったよ」
「そ、そそそそうですか……」
リュヌは二人の会話を聞いてポカンとした。父親が誰かに対しへりくだっているのを初めて聞いたのだ。正面に座る父の耳はぺたっと伏せ、尻尾も隠れてしまって見えない。ライオンが、人間に……恐怖を抱いている?
「リュヌ」
「っ……」
肩に手が置かれ、名前を呼ばれる。状況が信じられない。信じられないけど、リュヌの尻尾はピンと立ち上がり喜びを隠せない。
リュヌはゆっくりと振り返った。そこには、夢にまで見た愛しい人がいる。きらびやかな軍服を着て、知っている雰囲気とは異なるけど、間違いなく。
「ナージ……王子みたいな格好してる」
「婿殿の実家だしな?これが俺の正装だ。少し早いが、俺と行くか?サンディは暑い国だ。お前が慣れるまで時間が必要だろう」
グレーの瞳はリュヌをまっすぐ見つめている。瞬きで浮かんできた涙を散らす。こんな夢みたいなこと、あるだろうか。
「僕、ナージと結婚できるの?」
「あぁ、人間は嫌なんだったか?……今も?俺は心底リュヌに惚れているから……嫌と言われても連れて行くが。そうだな……よければ、手を取ってくれると嬉しい」
跪いたナージがリュヌを見上げ、黄金色の手を差し出した。リュヌは迷いなくその手を取る。だけでは収まらず、ナージに飛びついた。「おわっ」と驚きつつもしっかり抱きとめてくれる身体が頼もしい。
父親も含め驚愕の声が周囲から聞こえる。
「嬉しい!ナージ、だいすき!」
「……と、言うことだ。政略結婚には珍しく、俺達は両想いでな。初夜も勝手ながら済ませている」
「は……はぁ?」
リュヌを抱いたまま立ち上がったナージが父王に向けて言い放つ。理解できていないようだが、いま告げたことが全ての真実だ。
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