あなたも俺も失言王

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あなたも俺も失言王

 王城にて剣を抜いての一歩も引けない命のやり取りという事態。  そして、この事態は、デューンの子供が目の前の王様によって取り換えられたという疑惑によってデューンが動いたからである。  で、その疑惑をデューンに囁いたの誰だって王様に言われて、デューンさんは素直に俺に振り返りかけたのだ。  わあああ!  俺はその王様っぽい奴が子供を取り換えた犯人だって言っていないよ。  ついでに、暫定王様の後ろの騎士達にもしデューンが倒されたら、デューンの仲間として、どころか、デューンを煽った犯人として俺が処刑されそうだ。  そこで俺の頭は危機回避の手段を必死に考えた。  デューンが俺に振り向くまでの零点何秒という短い間に、俺は是が非でも自分が逃げ切れる行動を取らねばならない。  だってさ、ヘタを打ったらデューンにだって見放されそうじゃない?  俺もクラゲだったら良かったな。  そうしたら、あなたに大事に守って貰える。  あ、標本瓶!!  赤ん坊サイズのでかいガラス瓶を帯に入れ込んだままだったら、両手が空いたとしても絶対に動き辛いはずだよね。  クラゲの保護を前面に出して、デューンさんの闘争心を抑えるんだ! 「デューンさん!あなたはプルモーさんを抱いているんでしょ。え、ええと。もう少し落ち着きましょうよ!」  俺は数秒前のデューンと王様のやり取りを無視して、さもデューンの従者のようにしてデューンに取りすがった。  ついでに、この状況は俺が望んだことではないよ、というアピール付だ。  さあ、これでデューンに嘘話を囁いた犯人認定を流せたか?  一緒に処刑される事態は逃れられたか? 「ああ、そうだった。ウミナシは本当によく気が付く」  俺の腕に重たい標本瓶が押し付けられた。  俺はもっと気が付くべきだった。  自分の言葉足らずな所と、クラゲを愛する男が常識で測れないという事に。  デューンはプルモーを俺に預けて身軽となったからか、王城という敵地のど真ん中で偉いさんに向かって吼えたのである。 「さあ、イライヤス。王になりたいばかりの卑小な男よ。我が息子をどうしたのか語らねば、お前の体を私と妻が苦しんだ年月分、細切れにしてやる!」  ああ!時間が数十秒前に巻き戻っただけだった。  これじゃあ、誰がそんな嘘偽りを言った、という返答になってしまう!  だが、イライヤスと言う名だった王様は、デューンと違って一辺倒の人では無かったようだ。デューンに返して来た言葉は、数十秒前と全く違っていた。 「し、知るか!し、知るわけないだろう!」  いや、震え声なので、デューンの脅しが怖かったのかも。  そう言えばデューンは、あの勇者片桐が戦力として手放したくないと望んだ男だったな。  落ち着いて見回せば、騎士達は剣を構えているが、誰一人といてデューンに本気で斬りかかる素振りは一切見せてはいないではないか。  デューンも剣を構えた姿のまま動きを止めているが、彼からは熱風のような彼の怒りを感じるのに、全てが凍えてしまいそうな静けさも感じるのだ。  これが戦士の出す殺気?  俺はごくんとつばを飲み込んだ。  俺と同じように、いや、俺よりも早くデューンに脅えていた男が口を開いた。 「本当だ。信じてくれ。わ、私は王になりたくとも、赤ん坊を手にかける様な事は決してしない。お前達が傷心だからと国政から退いたのはありがたかったが、そのために赤ん坊を殺すようなことはしない!」  イライヤスは、その煌びやかな優男外見を否定しないぐらいに、ヘタレでも悪い男では無かったようだ。  彼は自分の言った言葉をデューンにしみ込ませる間を数秒置いてから、ダメ押しのようにしてさらに言葉を重ねた。 「考えてもみろ。私の子供が姫ばかりだ。前王の娘であるプルモーと国民に人気のあるお前の息子を婿にする事で、私こそ国政を握る事が出来るだろうが!」  駄目な奴だな。  親としては最悪な奴だ。  ただし、イライヤスがデューンの子供を殺さなかったのは確実だと認めねばならないだろう。  デューンの肩はがっくりと落ち込んでいた。  俺が抱いているガラス瓶は、瓶の中でぎょぼんと蠢いた。  それは最後の吐息を吐いたような大きな泡が瓶の中で起きたのだ。 「妻はショックで人の姿に戻れなくなった」  クラゲがガラス瓶の中で立てた音によって、俺はデューンの言葉を思い出して、今目の前で起きた事に初めてはっと気付かされた。  子供が生きているかもしれない。  一度は諦めて自分の中で整理したはずの絶望だったのに、俺の適当な言葉によって二人は希望を抱いて、そして再びぺしゃんこに潰されたのだ。 「納得できないのならば何でも知っているという北の魔女に尋ねればいいだろう。お前達の子供がどうなったのかを!」  ガラス瓶は再び生き返ったような、ごぼ、っという音を立てた。  デューンの後ろ姿は再びしゃっきりしており、なんと、イライヤスに対して感謝しているような感じで手を差し伸べていた。 「そうだな!そうだ。私達は最初にそうしておけば良かったのだ。息子に何が起きたのか調べ、その上で息子を失った事を嘆けば良かったのだ。イライヤス、すまなかった。悲しみで目が曇って君の本質を見失ってしまっていた」 「い、いや。君達の悲しみはわかる。私だって子供を失えばそうなるだろう。子供の身に起きた事を全部知りたいのは親として当たり前のことだ」  イライヤスはデューンに対して歪んだ笑顔を作りながら適当な社交辞令と慰めを言い始めた。俺はそんな王様のそぶりを見つめながら、外見が煌びやかでも主役になれない人間の真実を見つけてしまったような気がした。  お前、その場しのぎの余計な適当な事ばっか言ってんじゃないよ。  北の魔女行きが決まっちまったじゃないか。
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