プロローグ 勇者から与えられたクエスト

1/1
前へ
/20ページ
次へ

プロローグ 勇者から与えられたクエスト

 俺の名前は三沢陸空(みさわりく)。  友人達からはその名前の為に「うみなし」なんて呼ばれている。  俺はリア充でもなく陰キャよりの普通の高校一年生だ。  そんな俺はライトノベルの世界では勇者として召喚されるに値する存在かもしれないが、実際は、普通は普通なのである。  塾帰りのいつもの道。  俺は何も無い所でこけた。  いや、何も無いはずの地面こそが無くなって、何が起きたかもわからないまま、俺はその何もない穴に落ちてしまったのである。  真っ暗になった意識の後に俺は気が付けば、ゲーム世界のコスプレをした老若男女が勝利の舞をしている変な撮影スタジオらしきところにいた。  そう思うしか無いでしょう。  なんか角ある大男が血まみれで倒れているのに、なんか生臭い匂いが立ち込めているのに、そんな死体の前で大はしゃぎしている人達、という図なんだよ。  ここで俺がパニックにならなかったのは、その勇者パーティらしき中に、俺の学校の有名人もいたからである。  純日本人と聞いているのに、赤に近い明るい髪に物凄い色白、そして緑がかった琥珀色の瞳という、ぜったいに何か混ざっているはずだって感じの美青年がいたのだ。  いや、彼を目にした事で、俺はパニックになるべきであった。  だってさ、二年先輩の片桐尚人(かたぎりなおと)さんは、三か月前に行方不明になって目下警察が捜索中のお人なんだよ。  そうだよ、彼は行方不明で学校どころか全国区で大騒ぎ中の、誰もが憧れる片桐尚人さんだったじゃないか。  こんな変な場所でコスプレして遊んでいていいお人じゃないんだよ。 「片桐先輩!何をやってんですか!」  緑色のマントを羽織っているが下には俺と同じ制服だっただろう、汚れてるシャツとチェック柄のスラックス姿の彼は、俺の叫び声でゆっくりと振り返った。  振り返って俺を認めるや、アイドルみたいな整った顔を更なる笑みで輝かせた。 「センパイって、後輩君か?呼んで!俺の名前を呼んで!」 「え?片桐センパイ?」 「違う!下の名前で呼んで頂戴!」  意味が分かんねえ。  そう思いながらも、この混乱した世界で出会った唯一の顔見知りだ。  俺は片桐に対して彼が望むように呼んでやった。 「尚人せんぱい?」  片桐は大きくガッツポーズをした。  彼が先程まで浮かれて表情よりも、数倍ぐらい嬉しそうなそぶりで拳を振り上げたのである。  もしかして、今まで記憶喪失で、この変なコスプレ軍団に連れまわされていた?  俺のお陰で、学園のアイドル片桐尚人が生還する?  すごいじゃないの、俺。 「久しぶりに俺の名前をちゃんと発音できる奴に会えた~!」 「何すか?」 「あのさ、ここ日本語通じるんだよ。異世界で異世界語なのにね、普通に語り合えるし書物の文字も読めるんだよ。それなのにさ、俺の名前を呼ぶ時だけは元の世界の外人仕様になるんだぜ。尚人がノートって。俺はパソコンの見回り先生じゃない」 「ンが付いてないから見回り先生じゃないですよ」 「で、ウミナシ君はこれからどうする?」 「どうするって、あの、俺の事知ってたんですか?」  片桐は右手のひとさし指を立てると、自分の右のこめかみあたりをとんとんと指で叩いた。 「この世界に来てから俺は相手のステータス画面が見えるんだ。三沢陸空くん。三沢基地みたいな名前なのに海が無いからさ。面白い名前だよね」 「元の世界に戻ったら、あなたから俺の両親を罵ってもらえますか?」 「それよりも、俺は君に海を与えたい」 「あの、どういうこと?」  片桐は気さくそうな笑みを顔じゅうに作ると、俺にとっては絶望でしかない台詞をさらっと放ったのである。 「もう戻れないよ」 「え?」 「帰る手段が無いんだ。一方通行で呼ばれてお終い。魔王を倒しても俺は戻れてないじゃない?魔王から溢れた力で世界は引き裂けたのに、俺は戻れなかった。君が落ちて来ただけ」 「ええ?俺が落ちたのはあなたのせい?」 「事故でしょ事故。でもね、優しい俺は君がこの世界で生きていける手段を上げる。誰だって役割が必要なんだよ。元の世界で単なる無名の一個人でなかった俺達は、この世界では重要人物となれるんだ。役割さえ与えられれば」 「俺はあなたと違ってフェンシングなんかできません。帰宅部です」 「平気。君は戦う必要なんか無い。それは彼に任せて」  片桐は彼の仲間の一人を指さした。  彼の指の先に佇む人物は、真っ黒い髪を短く刈った大柄の男だった。  どこから見ても戦士な男は、標本が入っていそうな大き目のガラス瓶を抱いてる。 「彼は勇猛果敢なる戦士デューン。彼は大事なクラゲの為に今すぐに故郷に帰りたいそうだ。俺は友人で仲間である彼が心配だ。彼の付き人となって欲しい」 「え?」 「これから戦後処理もあるけどさ、俺達がこの世界を掌握するには戦力は大事なんだ。彼は一騎当千出来る最高の猛者だ。いつでも俺の味方としてはせ参じて貰えるように繋ぎはつけておきたい。頼むね?」  俺はまじまじと片桐先輩を見返した。  誰もを魅了したリア充で、誰にも優しいと評判だった彼は、人を人とも思っていないような傲慢な糞野郎だった模様である。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加