洞窟と化け物とデューン

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洞窟と化け物とデューン

 デューンの後姿は頼れる大人、そのものだった。  そして俺は彼の背中を眺めながら、自分の父親の背中を見た事など無かったのではないかな、なんて思い出していた。  父親が嫌いなわけでは無い。  年齢的にちゃんと反発はしてますよ?でもね、俺は、そう、父が好きなんだ。  いや、父が俺を好きなのか?  彼は常に俺を見ていて、俺から目を離さなかった。  そうだ。  母もそうだった。  だから俺は母に反発していったのかな。  母が最初の子を失った悲しさを抱いたままだから、父が俺を兄と同じようにならないようにと見守るんだと思ったから。 「プルモーさんがクラゲのままで、デューンさんもプルモーさんがそのままでいいって受け入れてるのは、二人目三人目なんか生まれても二人には大事じゃないからですか?」  ピタッとデューンの足は止まり、彼は俺に振り返った。  俺は怒られると反射的に標本瓶を抱き締めたが、何故か俺はデューンに抱きしめられていた。 「君はノートよりも可愛がられていなかったと思っているのかな?」  あ、俺は片桐の弟という設定でデューンに守って貰っているんだった。  だから設定に余計な要素を入れちゃ駄目なのだろうけど、夫婦仲も良くて子煩悩な両親の子供という立ち位置ながら、常に抱いていた悲しさをデューンに吐き出していた。  なんか、デューンの腕の中って物凄く安心するんだ。 「兄がいなくなったことをずっと嘆いて、俺にも愛情はあるけど、なんか俺なんかいてもぜんぜん癒されて無いのかなって思ったから」 「そうか。そうだな。そうだが、辛いな」  デューンの腕の中は安心できるが、彼の語彙では俺を慰められないことがよくわかっただけだった。  その物言い、二番手な俺が親には可愛くないというのが事実だって言ってる? 「ここから戻ったら、俺はプルモーにもう一度語りかけよう。俺達は夫婦として前を歩くべきなんだろうと。新しい命を、子供を、求める希望を抱く道もあるのだと」  俺はしまった、と思った。  ここから戻ったらって、フラグ立つ!!  ゲーム世界でもアニメでも、死んじゃうフラグが立っちゃうよ!!って。 「デューンさん!!」  俺は押しつけられているデューンの広くて硬い胸から顔を上げ、彼が立てたばかりのフラグを打ち破る台詞を吐こうとした。  それで俺は見つけてしまった。  彼の肩越しに、洞窟の上部に空いた穴から牛が顔を出しているのを。 「うし~!!」  俺はデューンによって突き飛ばされ、クラゲ瓶を抱いたまま地面に尻餅をつく。  デューンは俺が見たモノへと既に身を翻して臨戦態勢を取っている。  牛は空を飛んでいる。  頭は牛。  胴体が真っ黒の蜘蛛?  これってオークじゃないよ!! 「オーク」  化け物の姿に脅える俺に、デューンは地獄の底のような声を出す。  うそ!! 「いやちょっとまって、あれ、牛鬼!牛鬼じゃないの!!」 「混乱したのか、ウミナシ。確かに牛鬼は初めて見る者には恐ろしい姿だ」  デューンは何事も無いように牛鬼に切りかかり、簡単に真っ二つにした。  俺は再び起こった名称変換に混乱するしかない。  もしかして?  片桐が言っていた、言葉が通じるって、俺達の脳みその語録を使って勝手にこの世界の言葉が変換されているってことか?  俺達には日本語に聞こえても、デューンが喋っているのは全く違う言語で、それでもって俺が理解できる形に変換しているだけで、俺が勝手に勘違いしまくっている、とかあったりしたら、ええと。 「ウミナシ!ボヤッとするな。周囲に目を光らせろ」 「はひぃ!!」  デューンの叱責に周囲を見回せば、いる、いる、いるよ。  洞窟の天井には、ギラギラ目を光らせた牛さんが六匹。  さらに二匹が最初の牛鬼が出てきた場所から吹き出して来た!!  そしてそいつらの方が攻撃的なのか、二匹は俺達に襲い掛かる。  八本足を広げながら落ちてくる姿は蜘蛛の動きそのままだが、蜘蛛の腹には人のものに良く似た性器が生えているのが目に入った。 「プルモーがクラゲの姿で良かった。こいつらはオスしかいないからな。メスと見ると繁殖しようとしてくる」  デューンは俺に牛鬼について教師のように説明しながら、自分の真上に落ちてきた一匹を交すどころか飛び上って剣で突き立て切り裂いた。  デューンには牛鬼など何の脅威でもなさそうだ。 「やっぱり、罠だったんですね。仲間割れ、とか」  ブシャフウウウウウ。  天井の牛鬼たちが一斉に蜘蛛の糸らしくモノを俺達に向けて発射した。  罠どころじゃない。  俺はデューンに向かっていた。 「退却しましょう!!退却!!たいきゃくうう!!」  だがしかし、俺はゲームシステムの無情さを忘れていた。  RPGのイベント選択肢に逃げるを選択しても、それが固定イベントであるならば逃げる事など出来やしないのだ。  デューンと俺と、俺の腕の中の標本瓶は、トリモチみたいな変な糸に囚われた。
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