山奥で人が遭遇するもの

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山奥で人が遭遇するもの

 デューンの歩みは早かった。  俺は標本瓶を抱きながら、彼の後姿を必死で追いかけた。  ああ、俺の腕の中で標本瓶がパシャパシャと音を立てる。  俺はクラゲを殺したかどで誰からも咎など受けたくはない。 「ああ、酔わないでね、プルモーさん、ぷっ」  俺の顔は大きくて硬いものにぶつかっていた。  そのせいで俺は弾んでいた。  弾んで?  思わず尻餅をついていた俺は、自分がぶつかった相手を見上げた。  デューンさんだよね。  彼は世界よりもプルモーさんが大事な人で、俺の言葉でくらげが酔わないように立ち止まってくれたんだよね?  俺が疑問形ばかりなのは、俺の前に聳え立つ大男が、なんだかガチャのカプセルから救出したばかりのフィギュアに見えるからだ。  染色を失敗したかのような、ヘドロ色一色のプラスチック人形。 「えと、ええと、えと」 「ウミナシ!頭を下げて離れろ!!」 「はひい!!」  俺は標本瓶をぎゅっと抱いて、両足の踵に力込めて後ろへとずり下がった。  猫が後ろ足で壁を蹴ってずさーと動く感じだ。  洞窟内の癖に地面は滑らかで、俺のケツは意外と良く滑る。  だが標本瓶は、じゃっぱと、中で固形物も蓋か何かにぶつかった音を立てた。  ざ、っしゅん。  軟体動物を叩き斬る音。  俺の口からは、げろんと胃液交じりの息が漏れる。  デューンがプラスチックデューンを縦切りにしたのだが、外見と違ってその化け物の内部は腐った魚の内蔵みたいに灰色でぐちゃぐちゃな生ものだった。 「うげええ」  さらに化け物はそこで絶命するどころか、体が裂けた事を良い事に、触手みたいになってデューンに襲い掛かる、とは。 「プルモーさん!ナメクジ~!!しお~!!」  俺はデューンを助けようという意識よりも、軟体生物への生理的嫌悪感だけでプルモーに助けを求めていた。  おかーさん、部屋にゴキブリ出た~!  そんな感じだ。  そして子供の母であるプルモーさんは、いや、愛しい男の為なら頑張るクラゲさんは、化け物だけでなく愛おしい男まで転がるような海水を吐きだした。  ごつん。  転がったのはプルモーさんを胸に抱く俺も、だったらしい。  けれど仰向けに倒れたから、俺の視界は天井を見上げる格好となれた。 「ぎゃあ!天井にはヒルがいっぱいだ!!」  がばっと身を起こせば、デューンが最初に向かっていたらしき方角は、ヒルがうねっているだけの壁しかない、っというか、そこがヒルの巣そのものだ。 「ヒダルだ。ここはヒダルの巣だったようだ。ウミナシ、逃げるぞ!!」  デューンの声に呼応するように、天井からぼたぼたと人サイズのヒルが落ちて、それらがみるみるまに、俺やデューンの姿になるではないか。  ヘドロ色一色だけど。  ヒダルで出来た壁からも、ヘドロ色の俺がにょきにょき生えている。  俺は俺比で二倍速で立ち上がり、そのままデューンに向かって走った。  デューンこそ、肩に羽織ってるマントを俺に向けて開いた。 「来い!」  真っ直ぐな鼻筋に秀でた額。  いざという戦士に戻ったの時のデューンの顔は、なんと精悍で美しいのか。  その素晴らしい顔の中で、日本人の黒く見える褐色とは違う色合いの焦げ茶色の瞳を真剣そのもの光だけを湛えて俺を見据える。  恋しちゃいそう。  俺は自分が男の子で良かったと思いながら、デューンの腕の中に逃げ込んだ。  女の子だったら恋しちゃうだろう。  そして、報われないどころかクラゲに負けたと自害するわ!  ガシッ。  俺の背中に回された太い左腕? 「ここから離れるぞ。引っ張ってやるから君も必死で走れ」 「うわあ、わわっ、早い!」  薄暗くってごつごつしている洞窟内だよ!  速く走るなんて、無理!  いや、ちょっと待って。  そんなにごつごつしている?ここって。  地下の洞窟内で、松明も無いのに薄暗いだけなの?  俺は走りながらも周囲を見回した。  ダンジョン特有の鍾乳洞の洞窟で、ゲーム世界を実写化したそのまま、が俺の印象である。完全に自然物でなく、ところどころに人の手が加えられていると見なせる箇所がいくつもある? 「デューンさん。ここは神殿だったりするの?」 「どうしてウミナシはそう思う?」 「だって、自然の鍾乳洞だったら、こんなに楽に歩き回れないよ。牛鬼もあのヒダルも、ヒダル、ヒダル?」  俺の脚は止まっていた。 「ウミナシ?」  俺は後ろをゆっくりと振り返り、俺達の姿となったヒダル達が俺達を追いかけようとのそのそと歩く姿をぼんやりと見つめた。 「ウミナシ?どうしたのだ?」 「えっと、なんか気が付いたって言うか、おかしいなって」 「ウミナシ?」  牛鬼はゴブリンでもオークでもなかった。  俺が目にして理解したそこで牛鬼に名称変更になったのだ。  なのにこのヒルは、ヒダルと訳されている。  俺の意識を使って訳す設定なのだとしたら、ヒルと俺が言っているならばヒルしかないのではないだろうか。  だけど、デューンはヒダルだと言った。  ひだる神は山の神だが、決して癒される事のない空腹を抱えた神の事で。 「いや、でも、ヒルは満腹になることは無い?いやいや。そんことは関係なくて、急にここにきて新たな化け物に遭遇したのは?」  俺の襟首が後ろに引っ張られ、俺の周囲で疾風が起きた。  デューンが俺に群がり始めた人型ヒルを一気に数体薙ぎ払ったのだ。  俺の視線は俺達が必死に逃げ出したばかりの場所を向いている。  そこは、ヒル達が俺達を追いかけて数を減らしていることで、ヒルで隠れて見えなかったものを露わにしていた。
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