ウミナシはデューンとクラゲの喪失感に出会う

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ウミナシはデューンとクラゲの喪失感に出会う

 トイレのフナ虫たちはデューンの温情か、全員が人間に戻れた。  そして今や全員が、罪滅ぼしのようにして屋敷中を片付け、釜に火を入れて、デューンとクラゲの生活を盛り立てようとしている。  俺は彼らの気持はわかる。  母屋から離れた位置にある召使い用の住居は、俺の目から見てもそれなりな造りで、雇い人としてはデューンとクラゲは最上であるようなのだ。  首にされない限り居座っても良いと思うような。  さて、家事に対してお役御免となった俺とデューンは、屋敷の一角にある天窓がある広間にて長椅子に横になっていた。天窓にはガラスも嵌っていないが、その真下には雨を受ける池もあり、池には蓮が植わっている。鯉とは違うが鱗を輝かせて泳ぐ淡水魚の姿も見える。俺は贅沢な金持ちの世界に驚きもあったが、なぜか心安らぐ場所だと思いながら、天窓から見える暮れていく空を眺めていた。 「この部屋は良いですね。ダメ人間になりそうですけど」 「妻と同じことを言うね」 「あなたがこの部屋をデザインされたのですか?」 「いいや、この部屋は妻がデザインしたんだ。妻の感性は人離れしているんだ。凡人の考え付かない素晴らしいものを生み出せるんだよ」  誇らしそうなデューン様の声。  ええ、ええ、凡「人」には絶対に思いつきませんて。  俺はデューンの寝椅子の横にあるテーブルに置かれた標本瓶を見返して、改めて、褒めるんじゃ無かった、そんな気持ちに陥っていた。  なんか、クラゲがどや顔しているように見える。  クラゲが泳ぐ姿は癒しとなるとして、クラゲ専用水槽どころかクラゲさんフロアを目玉にして人気を博している水族館だってある。  なのに、デューンのプルモーさんは、腐って半透明になった寒天でしかないようにでろっと瓶の底に沈んでいるばかりなのだ。 「プルモーさんはなんだか不機嫌さんですか」 「おお!ウミナシはプルモーの気持がわかるのか!そうかあ」  いや、見たまんまの腐った寒天状態じゃねえか。  しかし、プルモーへの悪口になる台詞は、そのままデューンへの侮辱となる。  俺がこの世界で生き残るためには、デューンに庇護してもらわねばならない。  デューンの家から追い出されてはいけないのだ。  そこで、彼が俺を追い出さない言質を今すぐとるべきだと思い、デューンが機嫌良さそうな今ならばと、俺は賭けに出る事にしたのである。 「プルモーさんは俺がいるせいで不機嫌なんでしょうか。夫婦水入らずになりたいものですものね」  どうだ?  常識人であればここで迷惑な人間にも、そんなことないですよ、言うぞ。  水入らず状態にしたクラゲに、デューンが何をするのか想像もしたくもありませんけれどね。 「そんなことは無いよ」  よし、狙い通り!  なんて良い人だ、デューン。  俺は右手で拳を握ったが、すぐに続けたデューンの台詞で一瞬にしていたたまれない気持になった。  こんなこと言ってごめんって感じだ。 「子供がいない俺達には子供みたいな君は歓迎だよ。そう、初めての子を生まれてすぐに失ってしまった俺達には、君が息子が成長した姿にも思えるんだ」  俺はハッとして自分の両の頬に両手をそれぞれ当てていた。  俺は片桐と違って童顔というか素朴な顔だった。  それでもって俺の髪の毛は、デューンと同じ真っ黒じゃないか。  俺はデューンが俺を追い出すような人では無いと身に染みたが、デューンがとてつもない喪失感を抱いていた事も気付かされてしまった。  ついでに、この世界の無茶苦茶さにも。  人間とクラゲで子供ができていたなんて! 「あの、子供は望んでいないって」 「ああ。あのような喪失感を再び受けるのであれば、私達は子供はいらない」 「お、お悔やみを申し上げます」 「ありがとう。我が子は三年前に生まれたんだ。妻の父はその頃には病に伏していたが、孫の顔は見せてあげられた。それだけは良かったと思う。だが、彼の臨終でバタバタしている間に私達は我が子から目を離してしまった。気が付いた時には、我が子は干からびてシーツに貼り付いていた。なんて情けない親だっただろう」  クラゲだもんなああああ。  俺はデューン夫妻の不幸を聞いて、どうして水槽から子供を出したんだと俺の口から責め言葉が出てしまわないように、両手で自分の顔をしっかりと覆った。 「それで俺達はこの町に来たんだ。息子の遺骸は土ではなく海に還してやりたかった。俺達は息子を見送った海を見続けていたかった。だからここにいる。息子の死からずっとここに閉じこもっていたのだ」 「でも、魔王討伐に?」 「ああ。魔王が復活したのが三年前だと聞いたからな。きっと息子がクラゲになってしまったのは魔王の魔力に触れたからだ。私達はそう考えたのさ」 「え!赤ちゃんは、最初は人間の赤ちゃんだったのですか?」  デューンはきょとんとした顔をしてから、俺が凄く間抜けだと思っただろうそのままの顔で、当たり前だろう、と言った。  ガラス瓶の中のプルモーさんも憤慨した様に、ごぼっと泡を吹き出した。  クラゲが人間の赤ん坊を産んだ。  その事実を認めたら俺こそ人間としてのアイデンティティを失いそうな気がしたが、俺は自分の命を失うよりはと人間性を捨てる方を選んだ。 「最初から人間の形だったら、誰だってクラゲに戻るなんて思いません。あなた方のせいなんかじゃないです。普通は人間がクラゲなんかになるものじゃ無いでしょう。魔法をかけられなきゃクラゲに何てなるなんて思いません。でも、息子さんはあなた方がご両親で良かったですね。だって、クラゲになってもお父さんとお母さんに自分だとわかって貰えて、ちゃんと悲しんで貰って、お葬式もして貰えたのですから。普通は取り替えられたんだって思います!!」 「それだ!!」 「はい?」  デューンは俺を指さしていた。  俺が自分達の子供の成長した姿で、取り替えられた子供だと思った?  まさかあ。 「我が息子は取り替えられたのか!!」 「まさかあ」
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