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第二章信じたくないよ、あなたがクラゲの言いなりなんてさ
俺はリア充になれない男だ。
それは外見が普通極まるという問題だけではなく、片桐のように自分が中心になって世界を回すスキルを持っていないからである。
つまり、リア充な人達は空気を呼んでその空気を自分への追い風にしてしまえるスキルを持っているのだ。
せっかくの追い風を自分への向かい風にしてしまう人は、間違ってもリア充にはなれはしない。
ハハハ、向かい風にしちゃったよ。
せっかく富裕層の屋敷で安全極まりない生活が送れそうだったのに、へたに慰めようなんて勢いづいて俺が余計な事を言ったがために、俺は家主たちと旅に出なければいけないって状況になったのだ。
魔王を倒した場所から俺はデューンの魔法でデューンの家のあるコランドラに一瞬でやって来た。それと同じようにして王城があるアルバに一瞬で行けばよいと思うのだが、デューンとプルモーの息子を隠した男に気取られてはいけないからと、徒歩で向かうとデューンは決めてしまったのである。
「思い立ったら吉だが、出立は明日にしよう。プルモーも君も疲れている。そうだろう」
「そうですが、俺達が徒歩でダラダラ向かっていることを先に敵に知られたら、それこそ息子さんが危険になるのでは?」
デューンは俺に輝かしい笑みを向けた。
その笑顔は描いた絵に金賞を貰ったと父親に自慢した時の、俺の父が俺に見せてくれた笑みと似ていた。
俺は胸がズキッとした。
両親は俺の不在を心配しているはずだ。
片桐の親、駅前で片桐を探すチラシを配っていた母親は、ガリガリに痩せて老婆のようになっていたではないか。
「どうしたんだ?」
「すいません。俺もこの世界に来てしまったから、あの、両親が心配しているなって思って。って、わあ!」
俺は分厚くて硬い何かに覆われた。
デューンが俺を抱き締めたのだ。
「ここにいる間は私達を君の親と同じように頼ってほしい。君も私達の息子と同じ境遇なのだ」
「ありがとうございます」
クラゲを偏愛する変態だろうが、俺はデューンの優しさに心を打たれていた。
そして、見ず知らずの、今日出会ったばかりの俺にここまで肩入れしてくれるのは、彼こそ自分の息子への喪失感で辛いからだろうと思った。
「頑張りましょう。ええ、今すぐにでも息子さんを奪い返しましょう」
俺の口は俺が絶対に後戻りできない台詞を吐いていた。
すると、俺の台詞が正解だという風に、世界はぱあっと眩しく輝いたのだ。
眩しさに俺は両目を瞑り、そして再び目を開けた時、俺はデューンの肩越しに見える風景を見て再び目を閉じたくなった。
どこぞの煌びやかな建物の中に瞬間移動していやがる。
「プルモー!」
デューンの後ろで標本瓶が宙に浮いていた。
そうか、お前か。
お前こそ魔法使いだったんだな。
さすが、人間の男につっこまれても平気なクラゲだ。
デューンは自分の肩越しに叫び、俺から腕を解くと宙に浮く標本瓶をまず自分の腕に抱き取って抱きしめた。
「分かっている。君の気持は痛いほどわかる。一分一秒だって無駄にしたくないのは私も一緒だ」
デューンは腰のベルトを緩めると、彼の大事な標本瓶をベルトに差した。
ものごっつ動きにくそうだな、そう思ったが俺はそこに触れなかった。
余計な事を言ってクラゲ瓶担当者にはなりたくはない。
「デューンさん。ここが息子さんのいなくなった現場ですか?」
「そうだね。ここはアルバ城だ」
「敵に察知されたくないから徒歩で向かう予定だったのでは?」
「そうなんだけど、プルモーが嫌だったみたいだね。プルモーは少々せっかちなんだよ。出会った頃から私は振り回されっぱなしだね。だから私はいつ何時何が起きても対処できるように準備はしている」
デューンは自分の言葉を証明するようにして右腕を腰に動かし、なんと、そこから大人の肘から下ぐらいの長さの剣を取り出した。
「え、ええ。さっきまで寛いでらしたよね。えええ?剣なんてどこに隠していたんですか。」
「プルモーを守ると誓った日から、私は武器を手放した事など無い。いつもの剣でないから心許無いが、何もないよりはましかな。」
俺はいつもの武器を取りに家に帰ろうと言いたかった。
でも、デューンはずかずかと先を進んで行くので、俺は彼の後ろを追いかけるしかない。
彼は俺の守護者なのだから。
彼の背中から外れるわけにはいかない。
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