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速川は体を起こして、真っ直ぐ座り直しうつむく。瞬も体を起こして座り直し、体を速川の方へ向け下から顔を覗き込む。
「さくらさん、俺の事、嫌ってる訳じゃないよね?」
瞬の顔をチラリと見て、速川はコクンと頷いた。
「じゃ、なんで嘘ついたり、素っ気ない態度をしてたのか話してくれない?」
そう尋ねるが、速川は黙ったまま困った表情をして、少し目を潤ませた。瞬は優しく続ける。
「俺、さくらさんの事、好きだよ。あの桜の下で会った時から……今はあの時よりもさくらさんの事を知って、余計に好きになった。俺と付き合って欲しい」
もう一度、瞬は今の気持ちを伝えた。すると速川は顔を上げ、涙目で話し始める。
「ありがとう。瞬くんの気持ちは嬉しいけど、私は……誰とも付き合う気はないの」
「どうして?」
「それは……」
速川が口をつぐみ悲しそうな横顔でうつむく。
「過去に嫌な経験をした?」
「うん……高校3年の時、初めて付き合った時に…」
「……そっか。何があったか訊いてもいい?」
瞬が踏み込んで尋ねたが、速川はうつむいたまま首を横に振った。
「話したくないか……まぁ、それでもいいけど。俺はさくらさんが嫌がるような事はしないよ。さくらさんと楽しく過ごしたいし、喜ばせたいし、何より俺がさくらさんの可愛い笑顔を見たいから…」
速川は顔を上げ瞬に笑顔を見せて、涙を頬へ流した。
「ありがと…」
速川がそう口にした瞬間、瞬は溢れた衝動で速川の唇に唇を重ねていた。柔らかく弾力のある唇を感じ、ハッと我に返って唇を離す。
「ご、ごめん!」
慌てて謝る瞬。驚いて目を見開いたまま呆然とする速川。
「可愛すぎて……つい。我慢出来なかったみたいだ。嫌な事はしないって言ったばかりなのに……ごめん…」
落ち込んで謝る瞬に、速川がようやく答える。
「……ううん。びっくりしたけど……嫌だとは思わなかった。だけど、もうしちゃダメだよ。さっきのは今日のお礼に許してあげる」
「さくらさん……やっぱり俺と付き合ってよ。嫌な事はしない。もし俺が何か嫌な事をしたら言ってくれたら直すから…」
「ダメ、付き合えない。でも今日のデートで瞬くんの事がよく分かったし、職場の中でも少し心を許せる人になったかな」
「そっか。じゃそれでもいいよ。今は付き合えなくても、この先さくらさんと付き合ってみせるから。俺の事を好きって言わせてやるからな」
「ふふっ……」
過去に交際した彼との事で深く傷つき、恋愛や人との関わりを絶ったのか、はっきりとした理由は分からないが、それが元で色々な謎の部分が生まれたのだと分かった。
今日のデートで、仕事の時とは違う速川の楽しそうで嬉しそうな姿を見て、本当は素直で明るく優しい事がよく分かった。瞬に対して嫌っている訳ではなく、むしろ好意的に思っている事も分かり、心を開いてくれた事が嬉しかった。
(…さくらさんとキスしてしまった……とっさの事とはいえ…嬉しい…ヤバッ…)
キスした事も怒られる事なく受け入れてもらえて、瞬の心はかなり浮かれていた。
「じゃ、もうそろそろ帰ろ…」
速川はゆっくり立ち上がって言う。
「うん。さくらさん、少し疲れた?」
瞬は立ち上がった速川の顔を見て尋ねた。少し疲れた表情を見せる速川。
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