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本当の気持ち(さくら side)
紡木との楽しいデートから帰って来たさくらは、リビングに入るとそのままソファーに倒れ込んだ。買った服を入れた紙袋や鞄をソファーの下に置き、しばらくうつ伏せで座面に横たわる。
(あぁ、疲れちゃった……でも…楽しかったぁ……デートってあんなに楽しいんだ……)
高校生の時に交際をした彼とは特にデートというものをした事がなく、校内で話したり一緒に下校するだけだった。交際期間も3ヶ月ほどで、キスをした後しばらくして彼から別れを切り出された。
紡木からデートに誘われ、内心嬉しく思っていた。桜の下で会った時の紡木に対する想いを消したつもりでいたが、再会し紡木から好意的なアピールを受け告白されて、さくらの中で消した想いが甦って来ていたからだ。
体勢を変え、鞄に手を伸ばしながら呟く。
「瞬くん……カッコよかったなぁ…」
≪さくら…好きだ…≫
紡木の声とキスを思い出す。熱く柔らかい唇、力強い腕と広い胸。紡木の胸にずっと抱かれていたいとすら思った。
「あの胸に抱かれたら……どんな感じなんだろう…」
24歳のさくらは、まだ誰かと体を重ねた事がない。社内の女性達の間でも、恋愛の話や結婚の話を聞きはするが、さくらにとっては住む世界が違う話のように感じていた。そもそも、さくら自身が交際をする気がないのだから当然なんだが…。
「でも一度だけでいいから、好きな人に抱かれてみたい……なぁ…」
セックスの経験をしてみたい好奇心と、未経験のまま朽ちて行く人生は嫌だという思いがあり、その狭間で揺れる。
「もし…もし抱かれるなら……やっぱり…瞬くんかな…」
金曜日の晩、仕事が終わった後、朝日と食事に向かった。
朝日の車で予約してくれていたレストランに向かい、2人で向かい合ってイタリアンを堪能した。仕事の話は一切せず、他愛もない会話で盛り上がる。
朝日はさくらが入社した時、研修指導担当だった2年上の先輩。丁寧で的確な判断をし、無駄がない営業をする。その教えが今のさくらの営業に活かされているのだ。
研修が終わった後もさくらを気にかけ、気さくに声をかけてくれる。困った時や悩んだ時はいつでも相談に乗ってくれる頼りになる先輩だ。
だが一度、飲みに誘われた事があった。「飲めない」と断るが「それでもいい」と言われ、2人で飲みに行った事があった。酒を飲むのは朝日だけだったが。
仕事で困った事はないか、営業には慣れたかと心配してくれていたようだった。朝日には色々と教えてもらい、さくらは恩を感じている。
そんな朝日から食事の後、車の中で話していた時。
「速川…」
「はい」
「ずっと言えずにいた事がある」
真剣な目でさくらを見つめる朝日。さっきまでの砕けた雰囲気ではなく、車内の空気が一気に張り詰める。
「速川、お前が好きだ。ずっとお前が好きだった。俺と付き合ってくれないか?」
思いもしなかった朝日からの告白。朝日はさくら以外の後輩達にも優しく、ただ後輩としてさくらを見ているのだと思っていた。
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