721人が本棚に入れています
本棚に追加
「朝日先輩……」
「何となく、お前は恋愛をしたいと思っていないように見える」
「はい……そうです…」
「だけど、俺と恋愛してみないか? なぜ恋愛をしたいと思わなくなったのか、話してくれないか?」
「高校生の時、付き合っていた彼に振られたんです。その理由は、すごく私にとってショックで……それから怖くなったんです…」
「じゃ、それからずっとその時の事を引きずっているのか?」
「引きずっているというか、気にしてしまうというか……だから誰かと付き合う事が怖いんです。すみません。朝日先輩のお気持ちはすごく嬉しいです。ですが、お付き合いは出来ません…ごめんなさい…」
さくらはそう言って、朝日に深く頭を下げた。
「分かった」と返事はしてもらえなかったが、交際が出来ない事に納得はしてもらえ、今まで通りの関係で続けて行く事を約束した。
一度自社へ送ってもらい、さくらは自分の車で自宅に帰ったのだった。
さくらは紙袋と鞄を掴んで体を起こし、立ち上がって寝室のクローゼットを開ける。紙袋から買った服を出してハンガーにかけ、クローゼットのポールにかけた。
中の棚に置いた仕事用の鞄を取り、すぐそばのベッドの上に今日使った鞄の中身を出す。財布や鍵、化粧ポーチを仕事用の鞄に移し、赤色の地に白色のプラスマークとハートが描かれている『ヘルプマーク』を外側ではなく内側に取り付ける。
本来『ヘルプマーク』とは、援助や配慮を必要としている者が、周囲の方に知らせる為のものであり、周囲に気づいてもらえるよう持ち物などの外側に取り付けるものだ。
だがさくらは、職場で知られるのを嫌い鞄の中に取り付けている。持ち歩くのは、もし外出先で何かあった時の為だ。そしてもう一つ。赤茶色の手帳『身体障害者手帳』を鞄に入れた。
『ヘルプマーク』『身体障害者手帳』この二つを持ち歩いている事は、営業部では誰も知らない。職場で知っているのは、秘書室にある総務部の数人のみで個人情報の為、外部に漏れる事はない。
使った鞄を不織布で包んで棚に置き、仕事用の鞄も棚に戻す。するとベッドの上で携帯が鳴り、さくらはクローゼットの扉を閉めて携帯を取り画面を確認した。
「えっ……瞬くん…?」
電話をかけて来たのは紡木だ。
「もしもし…」
《もしもし、さくらさん? 大丈夫? 今、家?》
「うん、家だよ。少し休んだから、大丈夫だよ」
《そっかぁ……よかったぁ》
安心したように紡木はそう言って、続けて言う。
《無理させたなと思って、心配だったんだ。大丈夫そうで安心した。じゃ》
「えっ! それだけ?」
とっさに尋ねていた。もっと話していたくて、紡木の声を聴いていたくて、電話を切りたくなかったさくら。
《それ…だけ……だけど……ふふっ、じゃ、少し話してていい?》
「う、うんっ」
さくらはリビングに戻り、ソファーに腰を下ろして紡木と今日のデートについて楽しく話をした。
最初のコメントを投稿しよう!