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速川は涙を浮かべて尋ねた。
「重い? そう元カレに言われたのか?」
コクンと頷いて、速川はその時の事を話す。
「彼に迫られた時、今のように傷痕を見せて病気の事を話したら、数日後に言われたの「俺には重すぎる。支える自信はない。別れよう」って」
うつむく速川の目から涙が零れ落ち、声を震わせながら続けて話す。
「彼に話したのは、支えて欲しかった訳じゃない。ただ生まれつき心臓の病気で手術をして痕が残ってる事を伝えたかっただけ。でも彼にとっては、病気を一緒に背負わせられるように感じたのかも知れない。だからもう、人には話さず気づかれないように過ごす事にしたの」
「再会を喜んだ俺に冷たい態度をしたのも、素っ気ない話し方だったのも、深く関わらないようにする為?」
「うん…」
「シャツのボタンを頑なに外さなかったのも…その傷痕が見えるから?」
「そう。さっき生後3ヶ月で手術したって言ったでしょ。それは一度目の手術でね、そのあと1歳半になる頃にもう一度手術をしてるの。二度目の手術で心臓の中の穴を塞いだり、狭くなった血管を人工血管で繋いだりして正常の心臓と同じになるようにしてる。だから傷痕もはっきり残ってる…」
「さくらさん、もう一回見せて…」
「うん…」
速川はゆっくりキャミソールの裾を捲り、傷痕を見せてくれた。
現在は速川の体も大きくなり、成長とともに心臓も傷痕も大きくなってきている。だが手術をした当時は、体も小さく心臓も小さかったはず。それを考えると、瞬は言わずにはいられなかった。
「すげぇな……生まれてまだ小さな体で、そんな大きな手術に耐えてきたのか……それも二度も……」
速川の腰に手を伸ばしそのまま引き寄せて、そっと胸元の傷痕に口づける。
「よく頑張ったな……病気と闘った証だ…」
そう傷痕を称えると、ふるふると胸元が震え声を震わせながら速川が言った。
「あり…がとっ……瞬くんっ……ありがと…っ…」
瞬が顔を上げると速川は涙を流していて、瞬は微笑んで言う。
「何で礼なんて言うんだよ。本当の事だろ?」
瞬がキャミソールを下ろさせ、速川はシャツのボタンを留めながら話す。
「だって……病院の先生や看護師さん、それに両親や祖父母も皆「頑張った証だ」って言ってくれていたけど、それは私を助ける為に尽力してくれた先生や看護師さんで、両親や祖父母は私の家族で……慰めの言葉にしか聞こえなかった。「傷痕が残るのは仕方ない事」って言われているみたいで……嬉しくなかった…」
上までボタンを留め終わり、速川は真っ直ぐ瞬を見つめ続けて話す。
「私が闘ってきた事を知っている病院関係者や家族ではない人。私が好きになった人から「頑張ったね」って言って欲しかったの…っ…ただそれだけでよかった。それだけでこの傷痕が意味のあるものに思えるから…」
「そっか。元カレにそう言ってもらいたかったのか……ごめん、俺が言っちゃったけど…」
「ううん、いいの。瞬くんは、私が一目惚れした人だから…」
「えっ…」
「あの日、桜の下で会った時、私も瞬くんに一目惚れしたの。ずっと素直になれなくてごめんね」
「ほんとに? え、マジで言ってる?」
「うん。私も瞬くんが好き…」
「嘘だろ…ほんとに? さくら…」
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