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鞄の中からメモ用紙を取り出し、速川に差し出す。
「なるべく近い所で探してみた。成人先天性心疾患を診察出来る、循環器内科医がいる病院だよ」
瞬は携帯を出し、メモに書いた病院を検索した。
「あ、ノートパソコンあるよ。ちょっと待って、持ってくる」
「うん…」
速川は隣の部屋のドアを開け、中からノートパソコンを抱えて戻って来た。ラグマットに腰を下ろし、ノートパソコンをローテーブルに置いて画面を立て起動させる。
瞬はソファーからラグマットへ下り、速川の隣に胡坐をかいてパソコンの画面を覗き込む。速川がメモの病院を検索し、画面上に病院のホームページが表示された。
「綺麗な病院だね…」
「そうだな」
「他の病院も見てみようか…」
瞬が頷くと、速川はあと2件の病院も同じように検索し、2人は病院の確認をした。
「さくらはどこがよさそう?」
「うーん、一番初めの病院かな。なんとなく病院の雰囲気が落ち着きそうだし…」
「ふふっ、そっか。じゃ、この病院の先生宛に紹介状を書いてもらうといいな」
「うんっ! ありがとね、瞬」
「ううん。あのさ……さくら…」
瞬はうつむいて、少し訊きづらい事を訊いてみる。
「さくらは、自分の病気の事、どこまで知ってるの?」
そう尋ね、顔を上げて速川を見つめる瞬。すると速川は真剣な顔で言った。
「ファロー四徴症の予後の事?」
瞬は小さく頷き、速川の答えを待つ。
「高校を卒業する前、担当の先生から循環器内科に担当が変わる話を聞いた時、成人してからも通院は必要で、場合によってはまた手術が必要になる事を聞いたよ。成長とともに心臓や血管、弁も大きくなるけど、人工物は大きくならなくて、外れたり隙間から血液が漏れたりする可能性があるって」
「そっか……知ってたのか…」
「うん。大学生の時にも自分で色々調べたりもしたし……」
そう話し、速川は表情を曇らせて瞬に尋ねた。
「瞬は、どこまで知ってるの?」
「まだ勉強中だけど、先天性心疾患は成人してからもきちんと通院で検査を受ける必要があるって事。さくらの場合は、もしかしたらこの先、手術が必要になるかも知れないって事も知ってる。セックスや妊娠が心臓に負担をかける事も…」
「そこまで…?」
「うん……そこまでだけど…?」
速川は表情を曇らせたまま、ノートパソコンの画面を見つめ話し始めた。
「色々調べて勉強してくれてありがと。すごく嬉しいし感謝してる」
話しながらキーボードを打ち、何か検索する速川。
「瞬の事は大好きだし、出会えてよかったと思ってる。でもね、好きだから……瞬には幸せになって欲しいから……話しておかなきゃ…」
涙を浮かべ始める速川。
「な、何だよ……まだ何かあるのか?」
「これを…」
そう言って速川は『先天性心疾患の予後』という動画を画面に表示した。動画は止められていて、速川が尋ねる。
「ファロー四徴症の予後がどうなるのか……瞬は知りたい? 知る勇気ある?」
(どういう意味だ? 予後って、さっき話してた事だろ? 知る勇気って……何だよ…?)
瞬は速川の事ならどんな事でも知りたいと思っていた。だが改めて「知る勇気があるか」と速川自身から深刻そうに訊かれれば、不安になるのも事実だ。知らなくていい事だってある。だが知ったからこそ、出来る事だってあるはずだ。
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