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「俺は、さくらの事、もっと知りたい。さくらの事なら、なんでも。どんな事だって知りたい」
「っ……ありがとっ……瞬…」
涙を零す速川を抱き締め、瞬は自ら動画を進めた。
その動画は、海外の研究で発表された『18歳以降の成人先天性心疾患の疾患別予後について』というもので、疾患別でグラフにされていた。そのデータを専門医が説明しながら動画は進む。
通常の疾患と比べて、先天性心疾患の患者は死亡率が数倍高くなるというもので、重症度によってその予後の年齢が出されていた。
軽症の疾患なら、手術も根治に近く、予後は80歳以上まで伸びたと説明している。次に中等症の疾患なら、人工物を使用し正常構造へ修復する手術となり続発症となるため、予後は60~70歳と説明した。
速川のファロー四徴症は、この中等症にあたる。
「60から70……」
瞬は動画を止め、ゆっくり速川を見た。
「そう……私もこの動画を見た時、びっくりしちゃった。だってまさか、余命宣告のような事、データで出されるとは思ってなかったから…」
(定年する頃に……これからのんびり年金暮らしだって時に、いないってのか……嘘だろ? 手術すれば、寿命が尽きるまで……寿命が…60から70っていうのか…?)
受け入れ難い真実に、瞬は目の前が真っ暗になった。現在の速川は見た目も普通で、元気に仕事をしている。大きな心臓の手術をしたが、これからも元気に生き、老後を迎え寿命が尽きるまで生きていけるものだと思っていた。
だが海外での研究データでは、統計的に軽症は80歳以上、中等症は60~70歳、重症は45歳と予後の年齢が出たのだ。
「いや、きっと何かある。軽症の時、80歳まで伸びたって言ったんだ。医療は日々進歩してる。きっと中等症や重症の方だって、予後が伸びるはずだ」
「瞬……」
「大丈夫! これからさくらは、きちんと検査を受けて体調管理していれば、先生達が何とかしてくれる」
これまで様々な医師の説明や見解などを聞き、記事を読んで来た。全ての医師は精一杯、小さな命を救いたいという思いで従事している。その助けた命を成人してからも見守り、それぞれの人生が尽きるまで生かしたいと願っているからこそ、成人先天性疾患の通院を呼び掛けているのだ。
瞬は動画を進め続きを見始める。すると18歳時に最も死亡率が高くなり、そのあと生存すればするほど死亡率は下がってくるという事も言われた。そのあと現状などの話をし、循環器内科医と成人先天性心疾患について議論していた。
成人先天性心疾患を循環器内科できちんと診察出来る医師が少ない事が問題となっており、循環器内科で診察していいものかという判断も難しく、知識が幅広く認知される事を望んでいるようだった。
今後としては、中等症の予後を伸ばしたいと話す。それには医師の問題と患者の通院が必要不可欠で、まだまだ通院していない患者が数多くいる事が問題になっている。その患者を診ていければ、中等症の予後を伸ばす事にも繋がると話した。
動画を見終わり、瞬は速川に尋ねる。
「さくらはこの動画を見て、病院に行こうと思わなかった?」
「行かなくちゃって思ったよ。でも就職したばかりだし、病院も見つからなくて」
「仕事なんてどうでもいい! さくらが休んでも代わりはいる。でもさくらの体はさくらが守んなきゃ、誰も代われないだ……」
「うん…」
「俺はさくらと出会って、先天性心疾患の事を知って、色んなものを見た。小さな命を助けようとしている医師達、それを支える看護師達、生まれたばかりの我が子の手術を決断する両親、必死に小さな体で病気と闘ってる赤ちゃん……皆、すごいなって思った」
涙を浮かべながら話す瞬。
「さくらはそうやって今、生きてるんだって思ったらさ……医師やご両親に感謝した。その心臓に……感謝して大事にしなきゃ…罰があたるぞ」
速川を抱き寄せて抱き締め、続ける。
「さくらは、さくらだけの体じゃないんだ。ご両親や執刀医の想いがあって、今は俺の想いもある。さくらは俺達のために、これからも生きていかなきゃダメなんだ…」
「うん……っ…うん…」
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