第3話 デブと哲学。

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第3話 デブと哲学。

 それは初めて聞く言葉だ。  なのに僕の中にすっと入った。  不思議な響きの言葉。  デブ、アンド、……? 「デブ、アンド、テイク、ですか?」 「合ってるよ。デブ&テイク」 「ギブ&テイクに似てますね」 「名前聞いても良いかな? 僕の名前はシンジ」 「タカシ」 「タカシくんはギブ&テイクの意味は知ってる?」  えっと。 「たぶん。――えっと、ギブは与えるで、テイクがもらう?」 「そうそう。お互いに与え合ったり、親切をし合う関係だね」 「はい」 「デブは、そのギブが凄いってこと」 「はい……?」 「分かる?」  ふざけている雰囲気ではなかったので、僕も真面目に考える。 「……うーん。太った人のギブ&テイクは、ギブが大きい、とか?」 「そうそう! タカシくん正解!」  やったね、正解らしい。  だけど正直まだ意味不明。  だまって説明の続きを促す。 「僕はすごいギブが出来る人がデブだと考えている」 「……つまり?」 「つまり、すんごいギブが出来る人がデブってことさ」 「……」  僕はこのまま話を続けて大丈夫だろうか?  少しアブナイ人だったのかも。  でも何故か話に引き込まれる。  とりあえず最後まで聞いて、ヤバい人だったら逃げよう。 「僕も昔はこの体型を恨んでいた。世界中を恨んでいた。友達には『性格が怠惰だからだ』とバカにされた」 「でも、ある日この考えが天から降ってきた。閃いた」 「デブ&テイク。僕はこの哲学の通りに生きてみようと思った」 「『デブは痩せた人よりもギブできる、つまりすごいギブ出来る人がデブなんだ』と自分に言い聞かせ続けた」 「それが、僕がこんな行動ができる理由さ」  彼は大きな笑みを浮かべなから、お茶目にウインクをしてみせた。  なるほど。  立派な考え、哲学だ。  思い込みの効果みたいな?  デブのデブによるデブの為の哲学ということか。  僕には無理だと感じる。 「君も、デブ&テイクの哲学を学ぶべきだよ」  彼の言葉が、僕の心を揺さぶる。 「デブとは、ただの体型じゃない。自信と愛情の証なんだ」 「僕にも……僕にもできると思いますか?」 「思うよ。君ならぜったいに出来るよ。断言する。あ、そうだ。僕の昔の写真見る?」 「見たいです」 「じゃあ、見せよう。……コレなんだけど」  スマホの中には、今の1.5倍太っている、つまり今の僕の1.5倍くらいデブいシンジさんがいた。  失礼と知りながら、思わず「スゴい」と言ってしまった。  そこから、シンジさんと色々話をした。  色々聞いてもらった。  僕の名前は、本当は「太」と書いて「タカシ」と読むこと。  名前の由来は両親の、大きな人物になって欲しい、高い志を持って欲しい、太い芯と心を持って欲しい、などなど。  その名前もとてもコンプレックスに感じていること。  同級生から「フトシ」とか「太々(ふとぶと)しい」と呼ばれるのがイヤだったこと。  他にも「お前の所為(せい)で重力が重い」「空気が重い」「臭い」など悪口を言われたこと。  ストレスから余計に食べてしまったこと。  全部イヤになって登校拒否中だということ。  それから、本当は自分を変えたいということ。  色々話したんだ……  ◆  最後は笑顔で握手しながら感謝を告げて別れた。  さっきまで空っぽに近かった僕の心だったけど。  今は「デブ&テイク」という哲学が存在した。  そこの部分が、何だか熱い。  帰宅して、そのまま自分の部屋で寝ころがっていても、熱い。  だから、すぐに何かしたいと思った。  行動に移さないと、また冷えてしまう。  それは、とても怖いと思った。 「デブ&テイク」の教えでは、デブは他人に凄いギブが出来るはず。  でも、初めに変化が必要と思った。  何か自信をつける為には…… 「登山……とか?」
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