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「お、那生! いらっしゃい! 神宮も」  賑やかな店内に一段と輪をかけ、声を張り上げた晃平が嬉しそうに那生と神宮を迎えてくれた。 「声デカイよ、こーへー」 「いや、いや。那生が店に来てくれたのが俺の 声を一段とデカくさせたんだぞ」  テンションが跳ね上がる晃平の顔は、心底から嬉しそうだった。那生はその表情に、ぎごちない笑みを返すと、神宮と一緒にカウンターへと座った。 「友弥はまだ?」  おしぼりで手を拭きながら、那生は友弥の姿を探した。 「招集かけた友弥(やつ)が一番最後なのは、いつものことだろ」 「まあ。もーすぐ来るだろ」  真横でハイボールを飲む神宮に言われ、だなと、妙に納得してしまう。そう言えば、高校の時も待ち合わせで集まる時、友弥が一番遅かった。 「そうそう。待ってる間、俺が焼く美味い焼き鳥でも食ってろよ。ってか、那生、お前は烏龍茶なんか頼みやがって。酒飲めよ、酒を」  その烏龍茶を晃平から受け取り、「明日、当直だからさ」と、那生は肩を竦めて大袈裟に理由を表現して見せた。 「そうだったのか……。言ってくれよ、明日仕事だって」  手にしたハイボールをコースターに戻す神宮に言われ、那生は自分のグラスを差し出しながら、「飲まなくても楽しいから」と、ハイボールのグラスにコツンと当て、もつれて解けない感情に蓋をした。 「なら、今日は俺の作る料理を腹一杯食ってけよ。飲む代わりにさ」 「あはは、そうするよ。胃袋限界までな」  たわいもない会話でやり過ごしながら、腑に落ちない顔をする神宮を尻目に、那生はメニューを見ながら注文を始めた。 「で、お前ら奈良崎先生と話したんだろ。葬儀の時に込み入った話しは出来なかったから気になってたんだ。家に行った時に、先生は何か言ってたか」 「……いや、はっきりしたことは先生も警察から聞いてないみたいだった。な、神宮」 「そうだな。今までの事件と関連があるのかさえも聞かされてないみたいだったし」 「晃平は奈良崎先生と会ってないんだな」  乾いた喉へ烏龍茶を口にしながら、カウンターの奥にいる晃平に聞いてみた。 「ああ。俺は娘さんの葬儀の日以来会ってないな」 「俺達も家に行ったあの日依頼、先生には会ってないんだ。大見得切って四聖病院で栞里さんのことを調べるって言ったものの、何も報告できないのに会いに行き辛くて……」  不甲斐ない自分をやるせなく思い、那生は太腿の上でこぶしを握り締めた。 「いくら那生が医者でも、婦人科と消化器内科じゃ話の持っていきようが難しいだろ。俺達は警察じゃないんだし、先生もお前に何とかして貰おうなんて思ってないさ。な、神宮」 「晃平の言う通りだ。那生が凹んでても何も変わらない。それよりも先生が元気になるよう、また会いに行ったらいい。那生の顔を見ればきっと元気になる」     浅はかな自分を責めることなく、励ますように、頭をそっと撫でてくれる。  奈良崎家に行った時、自分のせいで神宮の口からも栞里の事件を調べる、誓いを立てさせてしまったのに。  優しく撫でてくれていた手で、髪をクシャクシャにされた。  その手の温もりや心遣いに、那生は流涙しそうなのを必死で堪えていた。 「そうそう。美味いもんと言えば俺の料理だ、食ってくれ。この間来てくれた時は、病院から呼び出しされたから、来て早々お前ってば帰ってしまうんだもんな」  食欲をそそる匂いを放ちながら、晃平が焼き鳥の皿を差し出してきた。 「あれは本当にごめん。受け持ちの患者が急変したから……」  あの日——。神宮から意味不明な行為を受けた日に約束した、晃平の店に行った後、那生の家に泊まると神宮が言った約束。  あの時、那生の中で二つの感情がせめぎ合っていた。  来て欲しい……。来て欲しくない……と。  自分の気持ちも、神宮の気持ちも、何もわからないまま晃平の店に来た。  顔では平然としていたつもりだけど、頭の中では内乱が起こっていた。  患者には申し訳ないと思いつつも、呼び出しを受けた時はホッとして溜息をついてしまった。 「旨そうだ。今日はたっぷり晃平の料理を味わうよ。神宮も食べよう」  わざとテンションを上げ、焼き鳥を頬張る那生は、横にいる視線を痛いほど感じても、それを悟られないよう料理を堪能していた。 「ま、晃平も腕を上げたってことだな」  言葉とは裏腹に表情を緩ませ、那生に習ってか、神宮もタレが滴る串を頬張っている。 「んな事言うなら神宮はもう食うな。那生、お前が全部食っていいからな」   ガキ大将のような顔で、晃平が神宮の皿を取り上げている。 「相変わらず晃平は那生に甘々だな」  神宮がそう言うと、晃平が苦虫を噛んだような顔をする。二人のやり取りの意味が分からず、焼き鳥の皿を神宮の前にそっと戻すと、あっという間に串だけにしてしまった。 「どうだ、美味いだろ」  空になった皿を前に、自信満々で晃平が腰に手を当て踏ん反り返っている。 「まあまあだな」  天邪鬼な答え方を神宮がすると、「素直じゃないな、」と、晃平がしたり顔になっていた。意味深な視線を交わす二人に、那生の胸が落ち着かない。  やっぱり神宮は……そんな言葉ばかりを繰り返し、那生は続きの文字をペンで塗りつぶすように削除した。 「晃平、俺つくね食べたい」 「はいはい」  那生がオーダーをしたところで扉が開く音がし、「おっまたっせー」と、声高々に友弥が来店した。 「友弥! お疲れっ」  那生の横に腰を下ろした友弥が、真っ先に眼鏡を外すと、おしぼりで顔を拭きだした。風呂上りのような吐息のおまけ付きで。 「お前はオヤジか。おしぼりで顔を拭くなよな」 「ほんと、まだ二十代なんだからやめた方がいいよ」  めいめいが呆れ顔を浮かべても、それはすぐ笑いに変わり、那生は同窓会以来の仲間と懐かしい交わりを楽しんでいた。 「な、それよりニュース見たか」  ビールで喉を潤した友弥が、真面目な顔で話を切り出す。話題のきっかけは昔から友弥発信が多い。他のメンバーも当然のように話しに食いつき、それは数年経っても変わらないパターンだった。 「見た……だよ……な」  自然と声のトーンが低くくなる那生は、栞里や赤いワンピースの女性の事を思い出し、手のひらが汗でジワっと湿ってくる。  南條と言う刑事と会って数日後だった、次の被害者のニュースを見たのは。  一日の始まりに見たものだから、もの悲しい気持ちで職場に行ったのを覚えている。 「これで何人目だ? また妊婦だったろ」  晃平が刺身の盛り付けをしながら、眉根を寄せた。 「実はさ、その被害者って俺の同僚の知り合いでさ」  友弥が手榴弾のような事実を投げ込んできた。それをまともに食らった三人は、思わず互いの顔を見合わせてしまった。 「し、知り合いって友弥の?」  料理をそっちのけで、晃平がカウンターを飛び越えそうな勢いで食いついてきた。 「違う違う、俺の同僚の知り合い。今回の事件って神奈川県の人だったろ? そこ同僚の地元でさ、近所の人だったらしいんだ被害者が」 「マジか……」 「今日呼び出した理由はそれか?」  何かに付けて聡い神宮が、友弥の表情を見つめながら言った。 「さすが神宮。那生と二人で先生の娘さんの事件調べてるって晃平に聞いたからさ」  「あ、いや。調べるってほどのことはしてない──って言うか、できなかった。四聖病院に行ったのは、たまたま用事があったんだ。それで気になってちょっと確かめただけだ、それだけだよ」  友弥が「ふーん」と探るように、答えた那生ではなく、神宮の顔を伺っている。  いつもふざけている割には、抑えるところは抑えるのが友弥の凄いところだ。この性格だからこそ、生徒会長が務まったのかもしれない。  それに神宮もだった。  互いに何も言わなくても、神宮と友弥の頭の中では、自分よりも一歩先に進んだところにいる。  言葉にせずとも切れ者同士、理解し合っているように思え、それがいつも那生は羨ましかった。 「で、その知り合いから何か聞いたの?」  友弥達に深入りさせない様に配慮した神宮の言葉を理解し、那生は話を戻した。 「実はさ、その神奈川の妊婦さんは地元の病院に通院してたんだけど、旦那さんの転勤で東京に引っ越す事になってたんだよ」 「それの何が気になる?」  友弥の話の先が見えず、晃平が矢継ぎ早に聞いている。『待て』が出来ない晃平の、素直でストレートなところも相変わらず健在だ。 「じゃ、妊婦の通院はどうなる? わかるよな、那生」 「そうだな、大抵は引っ越し先の東京で病院に通院するね、神奈川のかかりつけで紹介状書いてもらって……」 「そう! 紹介状」 「まさか……」 「紹介先は四聖病院なのか」  神宮の一言で騒ついてるはずの店内が異空間のように感じ、四人は一斉に口を閉ざしていた。 「警察もバカじゃないから、四聖病院には話を聞いているんだろうけどな」  沈黙を破るように言った友弥が、勢いよくビールを飲み干し、コップを持つ手に力を込めてテーブルに置いた。 「でもさ、病院と事件の、どこに関係があるんだ?」  カウンター越しに参加していた晃平が、店内の様子を伺い、調理をスタッフに任せると同じように椅子に座ってきた。 「俺も、全然想像できない。できないけど──」 「……那生、お前に釘刺しとくぞ。奈良崎先生に恩を感じてるからって、あまり首突っ込むなよ。俺らは素人なんだから。神宮、お前もだ。俺は同僚にこの話を警察に話せって言ったから。だからお前らはもう動くな」  諭すように友弥が神宮を凝視した。  友弥が今日収集をかけたのは、この話をするためだったのだろう。那生が無鉄砲なことをしないように。それを神宮に見張らせるために。   「ああ、分かってる」  僅かな緊張感が漂う空気を、オーダーをとるアルバイトの声がかき消してくれた。  重かった空気で息苦しかったけど、楽に息が吸えるようになった。 「まあ、せっかく集まったんだ。うまいもん食って楽しい話しようぜ」  和ます役割も昔と変わらず率先する晃平に、三人も自然と笑みが溢れる。 「そうだな、仕方ないから晃平の微妙な料理でも食うか」  神宮が伸びをしながら、晃平を茶化すと、 「おいおい、神宮さんよー。誤解を招く言い方するな、営業妨害だぞ」と、仲睦まじくジャレ合っている。  そんな二人を見て、みんなに……いや、神宮に会おうとしなかった自分を少し後悔した。  会っていれば、わだかまりなく心から笑って向き合えたかもしれない。でもその反対に、もっと辛い思いをしていたかもと臆病になる。  やはり、自ら痛みを引き寄せることはない……。これくらい隙間があった方が、いざと言うとき回避できる。  同性を好きなマイノリティーの性的指向を隠し、今まで生きてきた那生にとって、気持ちを知られると言うことは、これまで築き上げてきた友情も同時に失うことに繋がる。  告白することによって、何のメリットも生まない最悪の結末を迎える。  何度もシミレーションをしてきた結果だ。  なのに、会ってしまうと恋しい。  触れたいし触れて欲しい……。  好きにさえならなければ、出会わずにいられたら、自分の生き方は変わっていたのだろうか。    何度考えても行き着くゴールは同じ。  神宮しかいないのに、神宮にそれが伝わらない。それならこの心を元に戻して欲しい……。
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