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「周、俺が指示するまでお前はここでジッとしてろ。わかったな。南條さんもいいですね」  那生達がいる建物から、数百メートル離れた場所で身を潜めていた神宮は、小声で周と南條に伝えると、その言葉に無言で二人は頷いた。  神宮は少しだけ唇の緊張を緩めると、睨みつけるよう一点だけを凝視した。 「先生……大丈夫でしょうか」  不安を募らせる周の視線と重ねると、神宮は強張った表情を解いて見せた。 「大丈夫だ、お前は南條さんの側を離れるなよ」  そう言って、励ますように周の頭を撫でた。 「何度も言わなくても分かってるよ、先生」 「神宮さん、大丈夫ですよ。私が死んでも彼を守りますから」  厚みのある胸にこぶしを叩きつけ、南條が緊張で引きつる顔で笑顔を作っている。 「死なれたら困るんですけど。じゃ俺行きますから、合図あるまでくれぐれも待機で。もし一時間経っても俺が出て来なければ、南條さん……」 「分かってます。すぐ応援呼んで突入します! ただ……」 「ただ?」  勇しく振る舞ったかと思うと、大きな体を小さく折り畳み、南條が神宮に頭を下げてきた。 「あなたの言った通りにずっと奈良崎を張り込んでいたら、彼は動いた。なのに、刑事の自分ではなく一般市民のあなたを危険に晒そうとしている。それが……本当に申し訳なくて。上に今回の件を話しても、証拠がないと動けないの一点張りで」  南條の額には薄っすら汗が滲み、その雫が垂れそうなほど頭を下げ続けている。 「仕方ないです。俺も確信なんてないし、直感だけのノープランです。もしかしたら南條さんに迷惑をかけてしまうかも知れません」  自信も確証もない。けれど手立てがないわけではない。一人でも警察が素人考えを信じてくれて、奈良崎の行動を抑えてくれたのだ。  たった一本のこの糸が、囚われた那生のところまで辿り着かせてくれるはず。そう信じて動くしかない。じゃないと、永遠に那生を失うかもしれない。 「謝らないでください。僕はあなたが言う四聖病院で何かが起こっていること、久禮院長の二人の息子が、一連の殺人事件に関与していると言う話を無視は出来ない。ただ上司や仲間が信じてくれない、このことが悔しい」  大きな手で作られた握りこぶしを壁に叩きつけ、南條が唇を噛み締めている。 「南條さん……」 「だけど証拠がない今、神宮さんを危険な目に遭わしてしまうかもしれない。だから僕は僕のできることをここでしてます、必ず応援を呼んでおきます」  大きな体を今度は更に大きく見せるよう、南條が心から申し訳なさそうに頭を下げた。 「危険なのは十分分かってる。分かってて俺が勝手にやろうとしてるだけで、南條さんは巻き込まれただけ。それに那生を自分の手で取り戻したいんです。那生が危険な目にあっているのに、ただ待っているだけなんて俺にはできませんから。あと……」  不安げな顔をする周の頭をクシャリと撫で、神宮は口角を思いっきり上げ、笑って言った。 「かわいい生徒の大事な人を救ってやりたい、ただそれだけの無鉄砲で自分勝手な素人なんです。だから、すいません。先に謝らせて下さい」  満面の笑みを周と南條に向けると、神宮は膝の埃をはたきながら勢いよく立ち上がった。 「せん……せい」 「神宮さん。本当に気を付けて下さい。無理だと思ったら直ぐに手を引いて下さいね」 「分かってるって。きっと向こうは警察が動いてると思っているはずです。だから、もし何かしよう企んでいたとしたら、発覚を恐れて焦ってると思う。そのために敢えてから電話をしてもらったんですから」  不敵に見える神宮の顔を見上げ、周が眉を八の字に曲げている。 「そんな顔すんな周。お前の伊織を無事に連れて帰ってくるから」  心強い神宮の言葉に周が、何度も激しく首を縦に振った。まるで恐怖を払拭するかのように。 「先生、これ気休めにしかならないかも知れませんが持っていて下さい」  周に手渡された小さなを受け取ると、神宮は、ありがとうと言って握り締め、静謐(せいひつ)な建物へと向かった。
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