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「おーい、お前ら、何話してんだ」  奈良崎との会話を堪能した友弥が日本酒を片手に、手近にあった座布団を引き寄せて那生達の前に座った。  テーブルを囲む、神宮、晃平、友弥、そして那生と、四人が揃うと居酒屋の座敷も、一瞬、放課後の教室を彷彿させる。 「友弥、お前まだ呑むのか? 相変わらずザルだな」  顔色一つ変えずに酒を体に流し込む友弥を見て、晃平が呆れつつも感心した。 「こんなん序の口だし。学校の飲み会だともっと飲まされるしな」 「酒乱の友弥に比べ、見ろ那生の顔を! 真っ赤だぞ。ほら可愛いだろ」  両手で頬を挟まれ、顔を前に突き出されると、久々の再会だから仕方ないと、甘んじて弄られ役を請け負った。 「誰が酒乱だって? 那生。お前もちゃんと俺を擁護しろよ。友弥君は優しいから付き合いがいいんですってさ」  今度は友弥がテーブルに上半身を乗り上げ、ひったくるように那生の首に腕を絡ませてきた。 「誰が優しいって? 俺はお前のそんなとこ、これまでに一回も見てないぞ」  負けじと晃平が叫ぶと、なあ、那生と、同意を求めてくる。 「もうやめろよ、晃平も友弥も。二十九にもなって、子供か」 「おいおい、那生さんよ。一人いい子になるんじゃないよ。何年も音沙汰なしにしてたんだ、これくらいの洗礼は受けろ」  痛いところを突かれ、観念して友弥に身を任せると、ヘッドロックされて頭が揺れると悪酔いしそうになった。 「そこまでにしとけば、お前ら」  頬杖をついて静観していた神宮が、友弥の腕から那生を救出すると、何事もなかったように手酌で酒を呑んでいる。 「神宮はすぐそうやって中立になる。お前は何様だ」  晃平の放った言葉に「そりゃ、神宮環さまだろ」と、友弥が突っ込むと、神宮以外の三人が十代の頃のように笑い合った。  当の本人は、お猪口を唇に付け、涼しい顔で酒を堪能している。  そんなところも、カッコ良すぎて憎ったらしい。 「なあなあ。それよりさ、俺聞いたんだけど」  さっきまで学生のようにふざけていた友弥が、急に声を潜めて空気を変えてきた。 「なに、なに。誰かが結婚でもするのか? それとも出世でもしたか」  それぞれ好みの飲み物を片手に、友弥の話に興味を示すと前のめりになって話を聞く体制に構えた。 「高校にさ、ミス演劇部って美女いたじゃん」 「あー、いたね。俺らより一学年下に」  少し火照りが治ってきた那生が、(くう)を見上げて記憶を辿った。 「で、その子がどーした」  神宮の問いかけに友弥が神妙な顔で手招きすると、四人は同時に顔を突き合わせた。 「殺されたらしいんだ、一週間ほど前に」 「え! マジ!」  飛び上がりそうに驚いて声を上げる晃平に、友弥がシーと唇に人差し指を当て、口を噤むよう叱責する。同じように声をあげそうになっていた那生は、慌てて口を両手で押さえた。 「静かにしろ、晃平。で、友弥は何でそんな事知ってるんだ」  場を鎮めようとする神宮の声は冷静だった。こんなところも昔と変わらないなと、不謹慎にも思ってしまった。 「俺も演劇部だったろ? だから家に来たんだよ、刑事が。事情聴取っての? 高校時代から最近まで、彼女と交友関係があったかってさ。他の部員も聞かれたみたいだぜ」 「事情聴取……本当にそんなドラマみたいなことあるんだ……」 「で、友弥は何て答えたんだ」  日常からかけ離れている話にいつの間にか酔いは醒め、那生は無意識に横にいる神宮に身を寄せていた。 「卒業してからは演劇部の奴らと連絡すらとったことない。だから彼女のことも何も知らないし、警察に話せるような話は何もなかったんだよな」  両手のひらを上に向け、友弥が肩を竦めている。 「でもその子、殺されたんだろ? 何か恨みでも買ってたのか」  さっきまでの賑やかしは鳴りを潜め、晃平までもが口を閉ざしてしまう。  静まり返った重い空気が作った話題は、素通りするニュースなどではなく、現実に起こったことなんだと実感した。 「さあな。でも彼女、可哀そうなことに妊娠してたらしい。お腹の子まだ四……五ヶ月くらいだったってさ」 「うわ、マジか……酷いな、それ」 「俺さ、気になってネットで調べたんだよね。そしたら同じような事件が他にもあったんだ」 「え、同じようなって……」  小さな頃から那生は人一倍怖がりで、高校の学祭レベルのお化け屋敷でさえ参加するのに腰が引けていた。客寄せに那生の雄叫びが効果的なんだと言われ、無理やり中に押し込まれた時は逆に恐怖で声すら出なかったほどだ。 「同じような年齢の女性が殺害されたって、しかも二人も。彼女達も妊婦だったらしいぜ。妊婦連続殺人事件って見出しみて、俺、ゾッとしたわ。もしかしてまだ被害者いるんじゃね?」  友弥の言葉が再び沈黙を呼び、四人は自然と口を噤んでしまった。 「……知ってる人が殺されたなんて信じられないな……」  晃平が呟くのを聞くと、お腹の子ってどうなるんだと、友弥が眉根を寄せて尋ねてきた。 「……その月数だと妊娠中期だから、安定期に入ってやっとお腹の中の環境は整ってはきてる時期なんだ。けど、栄養を与えてくれる母親の命が亡くなってしまうと、赤ちゃんは生きてはいけないよ……」 「だよな、子どもも可哀想に……」 「かわいそうな子ども……か」  ふと那生は、急患で運ばれてきた少年を思い出した。 「どうした、那生」  考え込んでいると、神宮に声をかけられた。 「あ、いや、今日救急で運ばれてきた男の子のことを思い出しちゃってさ」 「救急? 男の子って怪我とか?」 「怪我……もしてたけどって言うか、精神錯乱……みたいな」 「精神錯乱? 何それ、うつ病とかか? いくつだよ、その子は」  三人は不思議そうに那生の回答を待った。 「多分中学生くらいかな。詳しくは話せないけど、保護された時はボロボロの姿でふらついてたらしい。擦り傷とか怪我も身体中にあったな」 「ふらついてた? どんな状況だよ」  晃平に問われても守秘義務でこれ以上は答えようがない。那生は返事の代わりに首を左右に振って見せた  名前も住所も分からなければ確かめようがない。話しかけても奇声を上げて暴れるだけで、何を聞いても答えられる状態じゃなかった。 「あっそう言えば……」 「何か思い出したのか?」  顔色ひとつ変えない神宮に静かに問われると、 「ひと言だけ言ってた『怪物』って……」 「怪物? 何だそりゃ。夢でも見てたのか?」 「さあ……。鎮静剤打つ時に微かに聞こえただけだから、聞き間違いかも」 「気が動転して、訳わかんなくなってたんじゃね?」 「にしてもただの迷子って訳じゃなさそうだな」 「うん、警察も来てたし」 「警察? そっちも事件か! 物騒な世の中だなっ」 「そう言えば、子どもの失踪事件も数ヶ月前にあったよな。それも一人や二人じゃないって」  晃平の放った言葉で友弥が呟くと、宴会で周りがで賑やかなはずなのに、四人の空気だけが沈鬱していた。  「そっちも行方不明のままだろ? 妊婦の方も犯人はまだ見つかってないし、また犠牲者でないといいけど……」 「心配すんな、晃平は対象外だ」  強面で仏頂面な晃平が見かけによらず気が小さいことを思い出し、静かになってしまった男を奮い立たすよう、神宮がわざと不敵な笑みを作って言う。  不穏な空気を、神宮はいつもタイミング良く払拭してくれる。サラッと自然にこなすから最初の頃は気づかなかったけど、喧嘩や言い合いになりそうな時も回避できたのは、神宮のお陰だった。  今みたいな重い空気になっても、神宮の落ち着いた姿勢は那生達に冷静さを教えてくれる。  こんなところも好きになった理由の一つだった。 「んな心配なんかしてねーわ。ってか俺は男だし、子供産めねーし。神宮の方がそこらの女子よりべっぴんなんだから、間違われないよう気を付けろよな」 「だなー」 「確かに」  那生も友弥と迷わず納得し、顔を引きつらせながらも、全員で曇天を笑いで吹き飛ばした。 「はーい、そろそろお開きの時間ですよー。二次会参加する人はカラオケです、場所は——」  大瀧の説明している声が聞こえてくると、同窓会だったこと思い出した四人は何も語らず、それぞれが(いわ)く言い難い面持ちになると重い話に幕を閉じた。
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