最終章

2/4
前へ
/52ページ
次へ
 神宮の腕で抱き締められている。背中に回されている腕は、ずっと欲しくて、でも手に入らないと諦めていた温もり。  ずっと、ずっと恋をしていた。  張り裂けるほどの想いを叫びたくても、親友に戻れないことを恐れ、心の容量を超える恋心を隠して生きてきた。  苦しいほどに、忘れられなかった人……。  凄惨な時間を共にし、生死をも危ぶまれた末に知った神宮の気持ち。  触れられた箇所からこれまでの蓄積されていた寂しさや切なさは、雪解けのように溶かされていく。    夢じゃないかと憂いた気持ちから、神宮の背中に回した手にギュッと力を込めた。そんな那生の不安を察したのか、払拭するように神宮の手が背中をそっと撫でてくる。  指先から伝わる熱が何度も撫でられていることで、体の底に沈めていた劣情がどうしょうもなく疼き出す。 「那生……。そろそろ離れよう……」  辛辣な言葉が聞こえ、ハッとして顔を上げた。  触れられたくなかった? 距離感を間違えたのか? 思考が彷徨って泣きそうになる。そんな気持ちが表情に出てしまったからか、神宮が慌てて「違うっ!」と言って両手で顔を包み込まれた。 「違う、違う……んだ。これ以上、お前に触れていると、俺の理性がもたない」    ──理性が……もたない。  神宮が苦しげに漏らした言葉が、那生の頭の中でぐるっと駆け巡ると、ストンと腑に落ちた瞬間、頬がカァっと熱くなった。 「……たまき、俺──」  頬を大きな手で覆われたまま見つめられると、切れ長の二重から目を逸らすことができない。  瞬きするのも惜しいくらい、愛しいこの顔を見ていたくて、那生はほんの少し顔を神宮に近付けた。  那生のささやかな仕草が神宮の何かを刺激したのか、頬に触れていた手の力が増し、そのままスライドした左手が那生の後頭部に添えられた。  しなやかな動作に意識を奪われていると、頬にあった指が那生の顎を持ち上げ、対角線上に神宮の眸と結ばれた。  ベルガモットの香りで鼻腔をくすぐられ、神宮の顔がさっきより近くなる。  鼻先同士が今にも触れそうになり、あと数ミリ、どちらかが動けば唇が触れそうな距離。  焦らされる時間の余白に耐えきれず、那生が、たまき……と、名前を口にした。けれど、呟いた名前は唇ごと奪われてしまった。  ──キスしている……。ずっと欲しかった温もりが触れている。  そっと重ねただけの薄い唇が角度を変えると、今度は強く重なってくる。  しっとり水分を含んだ花唇は那生の上唇を喰むと、次に下唇を啄んできた。  優しい触れ合いは次第に強くなり、水音が漏れ出すほど強引に貪られていく。神宮の舌先が番を求めるよう、那生の口腔内へと押し入ろうとしている。  発熱したかのように、お互いの口の中も舌も熱い。  深く唇を重ねたまま、強い力で舌を吸われた。その瞬間、那生の脳が痺れて何も考えられなくなる。強烈な快感が怖くなり、一瞬唇が離れた好きに神宮の名前を口にした。 「……た……まき、たま……きぃ……んんっ……」  呼んだ側からまた唇で閉ざされ、今度は確かめるような丁寧な口付けが注がれる。羞恥に耐えきれない恥ずかしい音が聞こえ、興奮で溺れそうになった那生は神宮の背中にしがみついた。そっと顔を離した神宮が自身の鼻先を那生の鼻頭に触れさせ、「もっと呼んでくれ」と耳に囁かれた。  その言葉が嬉しくて、那生は両腕を神宮の首に回し、胸と胸の間で僅かに残る隙間を埋めた。  体を密着させると、神宮の唇が那生の首筋に落とされる。  吐息が混ざる愛撫を首から鎖骨を順になぞられ、快感が那生の背中を走る。 「……ダメだ、止まらない。このままだと、俺——」 「止めなくていい。環……。俺……は環が欲しい……。もっと触ってほしい……んだ。会わずにいた時間を早く埋めたい」  神宮にしがみついたまま、那生は耳元で囁いた。ベッド……へと。  那生の言葉を聞き終えた途端、神宮が立ち上がると那生は体を起こされ、そのまま手を引かれてソファの後ろにあるベッドまで誘われた。  数歩分しか離れてないのに、ベッドに辿り着くまでも心臓が破裂しそうに脈打っている。  口付けされながらゆっくり倒されると、着ていたパーカーをシャツごとたくし上げられ、上半身が露わになった。    緊張で敏感になった秘芯の片側を口で含まれ、もう片方は神宮の指で摘まれると、那生の口から勝手に喜悦の声が漏れる。 「あ、はぁん……。た……まき。あぁ、うくぅ……」  那生の発した声に煽情されたのか、今度は舌で執拗に舐められ、先端を摘む力が増してきた。  神宮の手や口は休むことなく、小さな突起がツンと上を向くとすかさずそこを指で攻められ、唇はどんどん下降してくる。  間髪を入れず愛撫を受け続けていると、たまらず那生の性器が首をもたげ、官能を享受(きょうじゅ)したのが神宮にバレてしまった。    唆りたった那生のモノを神宮の手で包まれると、上下にそっと、そして激しくを交互に扱き上がられていく。そうされると、那生の思考はたまらなくなってバーストしそうになった。  快感に溺れていると、那生のモノが熱い吐息に包まれ、ハッとして那生は視線を下腹部に向けた。 「たま……き、そんな……ことしちゃ、おれ……もう、もう……」  自分のモノを口に含まれ、陸に上がった魚のように那生の腰が跳ね上がった。たまらず、神宮の頭を押さえて抵抗しようとしても、蕩けるような感覚が休む間もなく那生を襲う。  首を左右に振って、上り詰めてしまうのを回避しようとした。けれど体は言うことを聞いてくれず、那生の全身はピクピクと小刻みに痙攣して放った白濁を腹部の上に散らしてしまった。 「……ごめ……たまき、俺……ひとりで先に……」 「可愛い、那生……。めちゃくちゃ可愛い。何度でもイかせてやる、もっと気持ちよくなって欲しい」  耳元で囁かれると、言葉でも犯されたようにぐったりと果ててしまった。 「たまき……。俺も……やる。俺ばっか……じゃ——」 「なら、お前の中に入ってもいいか」 「え……」   真上から見下ろされた双眸が、熱を含んで那生を見つめている。 「いや……ごめん。やっぱいきなりはないよな。お前に負担かけるのも、痛い思いをさせるのもしたくない。また今度——」 「いいっ! 最後までして欲しいっ! 俺は、ずっとお前が……環が欲しかった。俺以外に触れてほしくないって、ずっと願ってたくらいに……」  両手を差し出し、神宮の頬を今度は那生が包んだ。愛おしむように、触れながら上半身を持ち上げると、神宮の体をギュッと抱き締めた。  返事の代わりに折れるほど抱き竦められ、再び唇を重ねる。  お互いの舌を絡め、それぞれの口腔内を弄った。そうすることで劣情を確かめると、神宮が着ているものを全部脱ぎ捨て、那生の下半身に残っていたデニムを剥ぎ取った。  お互いの素肌が晒されると、ゆっくりと神宮が那生の上に覆い被さってくる。合図のような口付けを交わすと、神宮の指が那生の股間に伸び、誰も挿入していない蕾に触れた。  那生が反応して首を逸らすと、白い首筋に神宮がキスをする。吸い付く力に強弱をつけ、紅い花びらが那生に散らされていく。その間に神宮が自身の唾液で湿らせた指で少しずつ蕾を押し開こうとしていた。 「あっ、ああ……痛っ」 「ごめん、那生。やっぱり無理だ、ローションかオイルがないと。今日はもう——」 「い、嫌だっ! せっかく環とこうしていられるのに、やめるなんて嫌だ……。俺は、環と繋がりたい……」  嘆願するよう言うと、神宮が苦しそうに困惑している。  那生は徐にベッドから起き上がると、サイドテーブルの引き出しを開けて、チューブのようなものを取り出した。 「那生……それ……」 「ハ、ハンドクリームしかないけど、ないよりマシかな……。やっぱ無理か……。あ、じゃあオリーブオイルとか——」  思いつくものを口にした那生を、神宮が力強く抱き締めた。 「那生……お前は本当に可愛いな……」  吐息まじりの声で囁かれると、わけがわからなくなって、メチャクチャにして欲しい衝動に駆られる。  テンパっていると、これ、借りるなと、頬に口付けされた。  甘いセリフに翻弄されていると、神宮がチューブから中身を取り出し、「ちょっと冷たいぞ」の言葉と同時に窄まりにクリームをしたためてくる。  ひんやりしたモノが塗擦(とさつ)されると、身体中が呼応するように仰け反ってしまう。それでも神宮の熱で次第に蕩けて、硬かった入り口が綻んできた。  挿入されている指の数が増えるごとに痛みを感じていたけど、根気よく神宮が解してくれたせいか、痛みは消えて違和感だけが残る。それでも、早く神宮を受け入れたくて、那生は両足を開いてそのまま神宮の背中に沿わせた。 「な……お、お前そんなことしたら、我慢が効かないだろ」  荒げた息遣いで言われると、頭の芯まで痺れてどうしようもなく目の前の男が欲しくなる。 「いい……もう、入れて……。痛くてもいいんだ、早く……環が欲しい……」  那生の言葉でたがが外れたのか、神宮が小さく、クソッと呟くと那生のしなやかな足を持ち上げ、赤く熟れた蕾が露わになった。  とっくに硬く屹立していた神宮の雄を小さな後孔に当てがうと、「那生、息を吐けよ」と言って自身の腰をじわじわと那生の股間に押し当ててきた。  狭い入り口に対して受け入れるには大き過ぎる神宮の雄が、圧力を伴って那生の中に入ってくる。  痛みに耐えるよう唇を噛み締めていると、神宮の顔が近付いて口付けをされた。優しく、深く。それを繰り返されると、下半身に受ける痛みが紛れ、神宮のモノが根元まですっぽりと収まった。 「た……ま……き、入った……? 俺……ちゃんと、できてる?」  虹彩に溜まっていた雫が溢れて流れ落ちると、シーツへ吸い込まれていった。 「……ああ。めちゃくちゃ気持ちいい、那生の中は。柔らかくて温かい。ずっと……このまま入っていたいよ」 「……嬉し……。環……もっと俺で感じて。俺しかいらないって思えるくらい、俺の中に……環を……刻んで……ほし……い」 「っお前——。そんなこと言って俺を煽るなよ。俺はお前を傷付けたくない」  快楽を上り詰めることを控え、苦しそうにしている神宮を目にし、那生は自身の腰を揺らしてみた。 「ね、環……。これ、気持ち……いい? 俺……初めてだから上手く——」  言い終えないうちに、ぎこちなく腰を動かす那生に翻弄された神宮が、細い腰を両手で掴むと、耐えきれないといった様子で下半身を猛烈に前後させた。  肌と肌がぶつかる音と、二人分の甘い吐息。その度に那生の口からは意識せずとも、自分の上にいる男を求める言葉を発していた。 「環、たま……き。おかし……いよ、奥の方が、なんだか変な……感じだ」  那生の言葉で神宮の動きのスピードが増し、「なお、なお、好きだ、那生……」と、切ない声で何度も名前を呼ばれた。  会えない間にこの声をどれほど欲し、どれほど焦がれたか。那生は嬉しさと知らなかった快楽で頭の中が真っ白になった。  それでも神宮のリズムに合わせ、お互いの心臓を重ねていると腹の底の方が我慢できない快感を生み出してきた。 「ああぁ、いぃ。気持ち……いい。こんなの、知らない……。はぁん、うっくぅう、たま……き。好き、好き……ずっと、こうしたかっぁあん」 「なお、気持ちいな。お前と……ずっとこうしていたい。なお、お前の中、気持ちよすぎる……。俺も、イキそう……だ」  蜜熟した汗を撒き散らし、嬌声が止まらない。 「あん、あぁん、もう、もうイっちゃう……。イく、イく……環、環、もう、むり……。俺……イっちゃ——ああっ! はあぁん」 「うっ、くうぅ……。はぁ、はぁ……なお……。那生……愛してる」    絶頂を味わい終えた二つの体は、どっちの心臓の音かわからないほど、二つの心音が激しく重なっている。  那生の上で果てた神宮が、髪を撫でながら慈しむように那生の瞼にキスをした。次に頬、最後に唇へ。  しっとりした神宮の胸に顔を埋めると、那生は急に恥ずかしくなった。  ——俺、初めてだったのに感じまくっていた気がする……。  顔を上げれずにいると、額に唇が触れた。反射的に顔を上げると、優しく微笑む愛しい男の顔があった。 「環……。環、環、たまき……」  たまらなくなって抱きつきながら、何度も名前を呼んだ。  高校の三年間、大学の六年間。ずっと忘れようとしても忘れられなかった大好きな人。焦がれた腕の中にいることが夢のようで、那生はまた、「環……」と確かめるように名前を呼んだ。 「そうやってこの先も、ずっと俺のことを呼んでくれ。その度に俺はお前の気持ちを感じられるし、那生と一緒に幸せになることを何度も誓える。一生、那生しかいらない。お前だけいてくれれば、俺は最高な人生を送れる」  頬を撫でられながら言われると、「これ以上ない宣誓だな」と、那生も微笑んだ。  これから先、神宮が苦しかったり辛い時は、側にいて手を差し伸べるのは自分でありたい。言葉にしなくてもきっと神宮も同じ気持ちだろう。  長い間、それぞれが過ごしてきた片想いの時間。その間に培われた想いが緩徐に染み込んでくるのを那生は実感していた。  ——きっと環も同じように感じてる。  ほのかな自信が那生の中に芽生えると、この男の命を守っていけるのは自分だけだと温めていた願いが確信に変わった。  窓の外から柔らかな月明かりが差し込み、それが目の前で穏やかに見つめ返してくれる眼差しに似ていると思った。  近くて遠い場所から眺めていた想いは、優しく受け止められ少しくすぐったく感じる。そんな風に思う気持ちが神宮に透けて見られているようで、那生は照れ隠しに神宮の腕に寄り添った。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

137人が本棚に入れています
本棚に追加