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教会の厳かな空気の中、奏のヴァイオリンが響く。
教会は天井が高く独特の作りだからか音の反響がいつもとは違う。学校の大聖堂とは比べられないが、はめ込まれたステンドグラスが太陽の光を浴びて煌めいた。
奏は特に信仰はないがこういう場所に縁があるせいかここに来ると身を引き締められる。
そんな理由からこの教会内でよく演奏をさせてもらっていた。音が響きうまくなったような気にさせられ気分が上がると言うのも理由だった。
演奏を終えると誰もいないと思っていたのにパチパチと拍手が聞こえてくる。
「佳織さん」
いつの間にいたのだろうか、全く気が付かなかった。佳織は前から3番目のはじの席に座って聞いていたらしい。
「いつの間にいたの?」
「結構前よ。奏くん、すごい集中して弾いていたから気づかなかったのね」
「うん、びっくりした」
奏は笑ってヴァイオリンを下ろした。確かに集中すると周りが見えなくなることはある。
「なんかいいことあった?」
「……どうして?」
「奏くん、感情で音楽変わるから分かりやすい」
ドキリとしながら問いかければ、面白そうに佳織は立ちあがって奏の傍に歩いてきた。
「そんなに分かりやすい?」
「うん。何かあった時の奏くんの演奏はそりゃ悲惨だからねー。その反面、いいことあった時や気分が乗ってるときはすごくいい」
奏は苦笑いをして答える。
「……本当はそんなんじゃだめだよね」
「あら、今はいいんじゃない? そういう感性ってすごく大事よ? 大人になるにつれてコントロールできるようにしていけばいいのよ。最初から完璧にこなすなんて神童? 天才?って疑っちゃうわ」
佳織の物言いに笑う。その理屈からすると類は神童で天才なのかもしれない。
佳織は奏のヴァイオリンを奪うと見よう見まねで構えた。
嫌な音が出る。佳織がぺろりと舌を出して笑う。
「……佳織さん」
「ごめん、あんまり奏くんが綺麗な音出すからこのヴァイオリンなら私もうまく弾けるかと思ったのよ。奏くんにしろ晴にしろ本当に綺麗な音出すからねー。魔法だわ……この四本からあんな多彩な音が出るって本当不思議」
しみじみと言って弦をはじいている。
「俺はパイプオルガンの方が複雑で分からないよ。佳織さんはすごいって演奏聞くたびいつも思うもん」
指と足と全身を使って弾くパイプオルガンは本当に複雑な構造だ。
「うん、それが面白いのよ」
奏にヴァイオリンを返しながら得意げに佳織が笑った。
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