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「昨日のことだけど」
「べ、別に誰かに言うつもりはないから!」
類の言葉にびくりとして用意していた台詞を吐いた。絶対この事だと考えながら後ろをついてきたのだから。
だからこうやって呼び出して釘をささなくとも大丈夫だと早口で捲し立てる。
背を向けているのにきっと真っ赤になっていることはバレバレだろう。一刻も早くこの男の前から去りたかった。そうして昨日の記憶を消し去りたかった。
昨日からどうしてもあの時の類の顔がちらついて離れないなんて言えるわけもない。
「昨日、そんなに刺激が強かった?」
「は、はぁ!?」
くすりと小馬鹿にしたような含み笑いを零して類が言うのに思わず振り返る。
ぎろりと睨みつけると涼しげな、いや、意地悪そうな視線を寄こしてきた。
「お子様には過激すぎて拒否反応かな、と思って」
「ふ、ふざけるな! 普通あんなこと見たら誰だってびっくりするんだよ! あんなところであんなことしてっ……迷惑なんだよ、変態!」
そんなことまで言うつもりはなかったのについ口が滑る。
しまった、と思った時には遅かった。
類を取り巻く空気が氷点下まで下がる。
氷のように冷たい瞳で睥睨する類に心臓が縮み上がった。整い過ぎた顔だけに怒ると迫力がある。
「覗き魔に言われたくないけど?」
「覗いたわけじゃない! あれはお前たちが後から入ってきてっ……」
「でも隠れて見てたんだから変わらないだろ?」
凍るようなマイナス視線に怯んで言葉が出てこない。
確かに正論だった。
入ってきた時点で立ち上がればよかったのだ。そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
(……悔しい)
自分の責任でもあるのに、思わず睨むように類を見つめると、面白い、といったように片眉をあげて口の端で笑った。
そんな嫌味な笑みでさえ絵になるなんて、本当にムカつく男だ。
「それにしても面白いくらいかわいい反応。もしかして童貞?」
「!?」
「……へぇ、まさかキスどころか手も繋いだこともないとか言わないよな?」
あまりのストレートな問いかけに言葉を失った。その蠱惑的な瞳が奏を映しながら近寄ってくる。
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