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「そこまで。今のはよかった。序盤だが……」
ホッとして鍵盤から指を下ろしながら不二の指導を殊勝に聞く。
集中すれば時間が経つのはあっという間だ。
不二は一通り、よかったところと改善すべきところを話すと、楽譜を閉じると立ち上がった。
「今日の放課後またな。期待してるぞ」
「え?」
またもや意味深な笑みで不二は練習室を出て行った。
放課後の課外などはなかったはずだと首を捻りながらも立ち上がった。貸してもらった楽譜を不二に返し忘れたと思いながら小脇に抱える。
次の不二のレッスンは明後日のため、その時に返せばいいとぼんやりと考えながら練習室を出た。
どこからかチェロの音が聞こえてくる。
それにドキリとするも、隣の練習室のようだからおそらくクラスメイトだろう。
音楽科なので普通科より一般的な授業数は最低限だ。そのあたりは私立のスポーツ科と同じようなものなのだろう。一般教養はクラスごとに固定されているが、そのほかのレッスンは学期ごとに各自コマ割りで決められる。フリーの時間も多少あり、空いている先生がいればパソコンで予約を入れればレッスンが受けられる。競争率は高いので大概多くの生徒は自主練をする時間だった。
それぞれ目標があり、将来的には何かしら音楽関係の仕事に就きたい生徒ばかりなのでサボる生徒はほとんどいない。
話は戻るが、そういったフリーの時間を活用した自主練の生徒だろうとちらりとガラス越しに見ればどうやら別学年のようだった。
チェロの音を聞いたことによりまた類を思い出してしまう。
「……はー…もうほんと最悪」
寝不足の頭ではあまり深く考えられない。
ムカつくことこの上ないのにどうしても類の顔が頭をちらついて眠れなかった。いや、腹立たしいからこそなのか。
次の授業は一般課程の数学のため、引き摺るように重い足を動かして教室棟へ戻った時のことだった。
「藤本!」
諒介が廊下の先で早く来いと言わんばかりに手を振っていた。
いつもの冷静な諒介らしくなく、興奮したような表情に驚きながらも近寄る。
「どうかした?」
「どうもこうもだよ、こっちこっち! これから長い付き合いになるけどよろしくな!」
「ちょ、ちょっと、霧山?」
ぐいぐいと力強く引っ張られどこかへと連れていかれる。
長い付き合いとはなんだろう、例のデュオの件だろうか? そんなに興奮するほど一緒にやりたかったとは思えないのだが、と頭の上にクエスチョンマークを浮かべれば諒介が振り返った。
「なに? もしかして発表が今日だって忘れていたのか?」
「え?」
「ほら!」
連れて行かれたのは掲示板の前だった。
興奮した諒介に圧倒されながら掲示板を見つめる。
思わず息を呑んだ。
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